飽くなき赤色



 色褪せていた。
 いや。色はある。ただ赤いだけ。
 つまり、青が黄が緑が紫が黒が白が、色褪せている。
 ……赤はもう、飽きた。


   飽くなき赤色。


 事件が起きた。
 俺、神原秋介にとっての唯一無二の親友である、仲谷若菜が死んだ。
 死因は刺傷。状況から見て、明らかに殺人だった。
 若菜だけじゃない。仲谷の家の人が全員等しく殺された。
 ……これで、若菜たちを含めて。二十一人だった。
 ここ最近世間を騒がせている連続殺人。その被害が、若菜を襲ったんだ。

「はい。皆、顔を上げて下さい」
 シンと静まり返った教室に担任の声が響く。その声を受け、ほぼ全ての生徒が黙祷を止め、顔を上げる。
 教室の中はまるで霧が立ち込めたみたいで、どんよりとした空気が停滞していた。
 俺のすぐ後ろの席。若菜が昨日まで座っていた席。
 昨日までそこに感じていた若菜の気配はもう一切存在しない。
「さきほどの緊急全校集会で校長先生や他の先生方が言っていたように、夜は絶対に出歩かず、家の人とも充分に話し合って戸締りなど気をつけるようにしてください」
 担任の声が心なし震えているように聞こえた。
 そして教室のどこかから泣き声を噛み殺したような小さな音も聞こえた。
 程度の差こそあれ、みんなが同じように若菜の死を悲しんでいる……。
 その日の学校は、通常より二時間ほど早く終わり放課後の部活も一切禁止され、全校生徒が下校をした。
 学校としてはこれ以上、生徒の中から被害者を出したくないのだろう。
 俺はいつもの道を一人で歩いていた。昨日まで若菜と一緒に通っていた道。
 これからは一人で歩く事になるのかな。
 ふと道端の石コロに目がいった。何となく、昨日の帰り道で若菜が蹴っていた石に見えた。
「馬鹿か……」


 家に帰ると、妹の未佳がリビングでテレビを見ていた。
「お帰り、お兄。やっぱしお兄の学校も早く終わったの?」
 俺は頷きで返した。
「そっか……。お兄、仲谷さんと仲良かったもんね。……ごめん」
「気にすんな」
 俺はテレビを一瞥してから自分の部屋に向かった。テレビには、ブルーシートが張られた若菜の家が映っていた。
 部屋に入って鞄を置き制服から適当な部屋着に着替える。
 溜め息を一つ吐いてから椅子に座り机に向かう。パソコンの電源を入れた。
 起動するまでの間、頭の中で自己分析を始める。
 俺は神原秋介。十七歳。男。身長約177cm。体重は大体60kg。
 握力両手とも平均。視力両目とも2.0。50m走6秒半ちょい。総合体力目算で人並みより少し上。
 ……まぁ、いけるだろう。俺が焦ったりしなければ何とかなるはずだ。
 ほどなくしてログインするためのパスワード画面が映し出され、八桁のパスワードを打ち込む。
 デスクトップが表示される。セキュリティソフトが起動しているため、まだ操作するには重い。少しの間待つ。
 今の時刻は……四時十六分。未佳はもう帰ってきている。母さん達は遅くても八時過ぎには帰ってくるだろう。
 マウスを操作し、ブラウザを開く。検索するのは若菜が殺された事件について。
 警察の発表によれば、死亡推定時刻は夜中の三時頃。家の窓ガラスを割って侵入し、刃物のような凶器で眠っていた家人を刺殺。
 そこから少し戻って、連続殺人全体の情報を調べた。
 最初の事件は今から二週間ぐらい前。隣の県でやはり夜中に家に侵入して、一家四人を刺殺。
 その三日後、今度はここから少し離れた所で同じように家に侵入し今度は一家三人を刺殺。
 その後は日の間隔はバラバラだったが共通するのは、夜中に家に侵入し、例外無くその家族全員を殺している、か。
 都合二十一人。この二週間で二十一人。
 もういい……夕飯まで眠ろう。動くのは夜中の一時を過ぎたぐらいだ。
 パソコンの電源を落とし、俺はベッドに横になった。
「…………」
 何でかな。若菜の顔が思い出せない。
 首だけを動かして机に置いてある写真立ての中の若菜を見た。
 ついこの間行って来た修学旅行の時に撮った、俺と若菜が写る写真。
 俺の隣に立つ若菜は……よかった。あいつは笑っていた。

 その晩、帰ってきた親に俺と未佳は戸締りの確認や夜に出歩くな、などの注意をされた。まぁ当然の事だろう。
 若菜と仲の良かった俺の事も気遣ってくれたが、皆が思っているほど俺は悲しんじゃいないのかもしれない。
 だって……あいつが死んでから、俺はまだ一回も泣いちゃいないんだ。

 深夜一時。上着を羽織ってポケットにレジャー用のサバイバルナイフを入れ、こっそり家を出た。
 何の策も無い。何の考えも無い。何の意味も無い。
 ただ殺人犯に出くわす事を右手で握るナイフに願って夜道を歩く。
 歩くのはネオンの光る大通りではなく、暗く静かな住宅街。
 明りが一つか二つ点いている家もあれば、寝静まったであろう灯りの無い家もある。
 途中、パトロールしているパトカーや警官を見かけ、補導されるのも面倒なのでその度に隠れてやりすごした。
 …………しかし結局、何にも遭遇しないまま家路についた。
 俺程度が見つからないんだ。犯人だって、気をつければ簡単に警官をやり過ごすことが出来るだろう。
 家まであと数メートル。
 何となくこのまま帰るのが名残惜しい気がして、足を止めた。
 ……点滅する古ぼけた街灯を見上げながら考える。
 仮に殺人犯に出くわしたとしよう。どうやって殺人犯と断定するかは置いといて、だ。
 逃げ出すのだろうか。追いかけるのだろうか。逃げ切れるのだろうか。あるいは殺し合いになるのだろうか。  返り討ちにあうのだろうか。それとも俺は勢い余って殺してしまうのだろうか。
 それとも……それとも……。
 自分が生き残る結末。犯人が生き残る結末。その他の様々な状況を思い浮かべるが、そのどれもが夢想に弾けて消えた。
 怖くはない。殺意もない。ただ、なるようになればいい。それでいい。
 多分きっとおそらく俺は敵討ちがしたいんだ。親友が殺されて、悔しいんだ。
 だから俺はこんな無意味な行動だと解っていても、犯人をどうにかしてやりたいんだ。
 ……多分きっとおそらくは。

 そしてしかし……そのタイミングの、なんて危うさ。
 前方から走ってくる男が居た。暗くて気付くのに時間がかかった。
 それは相手も同じようだった。いや、走っていた……つまり急いでいた分相手の方が遅かった。
 衝突。
 壊れかけの街灯。点滅の中の滅の時間が少しばかり長かった街灯。数瞬の後に、火が灯る街灯。
 暗闇に浮かび上がった相手は男だった。初めて見る顔だ。別に変態の類でもなさそうな普通の顔。
 ただ……異質なのは、その顔にいくつかの赤い斑点。服にも似たような模様。
 それらを観察している内に相手は体勢を直していたらしく、舌打ちと共にその右手に、ナイフを握った。
 それを確認した俺は自然にずっとナイフを握っていた右手をポケットから出した。
 俺のナイフを見た相手は一瞬だけ驚いて、すぐに殺気を纏う。
 先に動いたのは、『敵』。
 踏み込みと同時にナイフを突き出してくる。俺はそれを横に飛んで避けた。
 間髪いれずの二撃目は右から左への薙ぎ払い。それも避けようと動いたが一瞬遅く、上着の裾が裂けた。
 それで怯んだと思われたのか、相手は大きく振りかぶっての一撃を繰り出そうとしていた。
 それを冷静に確認出来ていたのは、自分が初めからこういう状況を望んでいたからだろうか……。
 隙だらけの懐に肩からぶつかる。そのまま無意識にナイフを持った右手を振るったが、敵は体当たりの衝撃を踏ん張らず、その勢いで後ろに跳んで射程から外れていた。
 再び舌打ちが聞こえた。思い通りに事が進まなくてイラついているのかもしれない。
 一度ナイフを握りなおした敵は、再び俺を殺しにかかろうとする。
 ―――が、横合いから大きな光が路地に差し込んできた。その光源を確認すると丁度この道に曲がってきたパトカーだった。
 聞こえはしなかったが、おそらく三度目の舌打ちをしたであろう男は反対方向へ走っていく。
 俺は夜に消えていく男の背を見ているだけだった。
 ブレーキ音で気付いたが、パトカーが俺のすぐ近くで停車していて中から警官が出てきた。
 最初にパトカーを見たとき無意識にナイフをポケットに隠していたみたいで、硬い感触を服の上から軽く感じた。
「君、こんな時間に出歩くんじゃない。連続殺人事件のニュースは知っているだろ?」
 ……れんぞく、さつじん、じけん。その単語が意味を持って脳へと理解を運ぶ。
 そういえば、殺し合いに夢中で今まで何も考えていなかった。
 あの男は何処から走ってきたのか? 俺は何処に向かっていた? 何故俺はあいつとぶつかった?
 職務質問を始めようとする警官を無視して走り出した。向かうはほんの数メートル先にある俺の家。
「君、止まりなさい!」
 家の門をくぐって、家のドアに手をかける。家の鍵は……開いていた。
 中に入る。見た目はいつもと何ら変わりのない玄関。
 でも、解ってしまった。家中に満ちている咽るほどの生臭さがそれを物語っていた。
 背後に追いかけてきた警官の足音がした。
「君! あまり妙な真似をしていると……!」
「…………死んじゃいました」
「なに?」
「……皆。死んじゃいました。これで、二十四人ですね」
 俺は自然と玄関の冷たい床に崩折れていた。父さん、母さん、未佳。俺の家族が連続殺人の被害者にその名を連ねた。
 それでも、俺は泣いていなかった。泣けなかった。
 もしかすると、若菜の時より悲しんでいなかったのかもしれない。



 あの時から、数日が経ち、数ヶ月が経ち、数年が経った。
 正鵠を記すなら、俺の家族が殺されてから四年の月日が流れた。
 高校生だった俺は親戚筋に引き取られ、高校を転校しそのまま大学へ進学した。
 それも全て、俺を引き取ってくれた叔母さんの進めで、家族皆殺しの負い目を持った俺を憐れんでくれたのか、随分良くしてもらっていた。
 あの時の犯人は未だに捕まっていない。だが、連続殺人はとりあえずの終わりを見せていた。
 理由は不明。犯人はどんな意図を持って犯行を重ねていたのか、犯行を終わらせたのか。
 ……あの時から、俺の時間は停止していた。
 感情が凍りついたかのように、自分を取り囲む何もかもに無感動で無関心で。
 自分からやる事が見つからなかったので、とりあえず勉強だけはやってきた。身体も鍛えてきた。
 そう。凍りついたんだ。犯人に対して俺自身、不明瞭な感情を閉じ込めたまま。

―――だから、これは。偶然なのか、奇跡なのか、必然なのか、不幸なのか。

「へぇ、マジで四年前と同じ顔だな。どこぞの戦闘民族かっての」
 そいつは、くっくっと笑みを浮かべつつ面白そうに話していた。
「四年……か。それで老けてるのか、アンタ」
「おいおい、これでも若作りしてるんだぜ」
 苦笑混じりの声。この部分だけ切り取ればまるでマトモな人間みたいだ。
 時刻は深夜の二時。場所は昔の俺の家の前。話し相手は……殺人鬼。
「とりあえず中に入るか。今は空き家なんだろ? 幽霊屋敷みたいな噂でもあんのかねー」
 そいつは当然のようにガラスを割って鍵を開け、窓から家の中に入った。俺もそれに続く。
 家の中は暗く、住人が居ないのならば電気も通っていないだろう。
 住んでいた人間が皆、殺されたんだ。そんな曰くがあればその後に住もうとするヤツなんか居るはず無い。
 取り壊されないのが不思議だ。取り壊す費用さえ勿体無いのか。
「家具が残ってんじゃねぇか。……あぁ、流石に血の付いたヤツは無いみたいだな」
 入った部屋は俺の両親の寝室で、埃の被ったベッドが捨て置かれていた。
 埃を軽く手で払ってそいつは座る。まるで世間話でもしようかといわんばかりだ。
「……じゃ、まぁ。奇遇だったな。どうだ? 親兄妹の仇を目の前にした感想は」
「別に。何も」
「ホントかよ」
 そいつは苦笑混じりの声を出す。本当に俺は何も感じちゃいなかった。家族に関しては。
 俺はベッドには座らず立ったまま暗闇の中のそいつを静かに睨む。
 そいつは俺の視線を気にした風もなくポケットから煙草を取り出し火を点けた。
 吐く息に煙が混ざり、暗闇の中、煙草の火種だけが赤く浮かぶ。
「お前も吸うか?」
 煙草の箱を差し出してきたので、一本を抜き取る。次いで差し出されたライターを手にとって、火を点ける。
 煙草を吸うのは初めてだったが、苦も無くすんなりと肺を満たした。
 この体が今更この程度で苦しむ事なんてアリエナイのだろう。
「……聞きたい事があるんだ」
「おう。いいぜ、何だ?」
「あんたは、何で二十四人も殺したんだ? どんな動機で……」
 長らく聞きたかった事の一つ。そして、究極的に意味の無い事。
「動機……か。そんなモン無ぇよ。俺がそうするのが一番自然だと思った。だからやった。それだけの事だ」
「………………」
「そんな無言で睨むなよ」
 ふぅ、と煙が昇る。
「もう一つ。本当はこれが一番知りたかった事なんだけど……何でこの家を選んだんだ?」
 何で、神原の家を殺したんだ?
 …………違う。
 何で、若菜を殺したんだ?
 四年前、お前が若菜を殺してさえいなければ、俺は。
 四年前、お前が若菜を殺してさえいなければ、俺はこんな風にはならなかったのに。
 四年前、お前が若菜を殺してさえいなければ、俺は……。
「それじゃあ俺は、何でお前の家を選んだんだと思う?」
「……それを、聞いてるんだろ」
「それはな。お前の家に殺しに行く前の家に、お前の家に繋がるモノがあったからさ。
あの時は……、確か写真だったな。今とおんなじ顔が映ったお前の写真だ。
ご丁寧に裏に《神原秋介》って書いてあってなぁ。名前さえ解ってれば後は簡単に住所が解る。……それを連鎖させて、西へ東へ殺人鬼は渡り歩いて来たんだよ。」
 ……四年前、お前が若菜を……いや、連鎖と言うなら最初の時点で決まってたんだな。
 …………お前が、最初に違う人間を殺していれば、若菜は殺されなかったのに。
「質問タイムはこれで終わりか?」
「そうだな。……これで、終わりだ」
 右ポケット。抜き身のナイフが一本。取り出して。振るって。斬る。
「チッ、あー痛ぇ。なんて事しやがるんだ」
 ベッドから立ち上がりながらそう言う声は微塵も痛がってはいなかった。
 しかしそいつの腕からはちゃんと血が流れている。赤い血が。
「そういえば、アンタの名前。聞いてなかった」
「あん? 俺の名前か……。俺は、清村統滋郎っつーんだ……よッ!」
「グッ……」
 そいつ……清村は同じように持っていたナイフを振るい、俺の左腕を抉った。
 痛みに歯を食いしばって煙草を噛み切りそうになる。埃塗れの床に違う人間の血が流れ滴る。
 確かに違う人間だ……。でも、中身はそう違わないのかもしれない。
「さっきはあぁ言ってたが、やっぱり復讐ってヤツか? そうだよなぁ、生まれてから一緒に生きてきた家族を殺されたんだからなぁ。それとも写真の持ち主のお友達の方か?」
 違う。違うんだ。そんな……。
「復讐だなんて、そんな立派なモンじゃない」
「随分と薄情なんだな。じゃあ、何だって言うんだ、あぁッ!?」
 言葉尻を上げて、ナイフを振るう清村。
 今度は左の肩口に深く突き刺さった。そのナイフを手放して、新しくポケットからまたナイフを取り出す清村。
 今まで味わった事の無い程の痛みに、思わず口に銜えていた煙草を落とした。
「抜くと血を失うぜ? 刺しといた方がいいって! ハハハッ! イかしたアクセサリーだなぁ、おい!」
「……ハ、ハハハ……―――――ハハッ!!」
 笑いが伝染った。
 止まらない。止めどなく笑いが込み上げてくる。止まらない。止まらない。止まらない。止まらない。止まらない。止まらない……!
 笑いながら、右手に握っていたナイフを清村の左肩に突き立てる。それをそのまま裁断するように振り下ろした。
 だが、肉が硬かったのか骨に引っかかったのか、数センチ斬ったトコロで動かなくなって手から離れた。
 気付けば暗闇だったハズの部屋は、パチパチと燃える音と共にぼんやりと赤るくなっていた。
 口から落ちた煙草が溜まった埃から床の木材を燃やし、それはやがて大きくなって、ベッドのシーツへと燃え移り、周囲のカーテンやら壁やらを巻き込みながら炎を撹拌させていく。
 炎が総毛立つ中、俺と清村の絶叫とも笑いとも取れない声が木霊する。
 周りの赤いのは何だ。理解しようとしない。手が掴もうとするのは何だ。出来ない。目の前の男は誰だ。出来ない。俺は誰だ。解らない。何をして。解らない。
 清村に突き刺された左肩のナイフを抜いた。その自分の血で濡れている刃先をそのまま清村に向ける。
 同じように清村の方もさっき俺が刺したナイフを引き抜いて構えていた。
 交錯は一瞬。閃きも一瞬。結果も一瞬。


 神原秋介が握った清村統滋郎のナイフは持ち主の首に。
 清村統滋郎が握った神原秋介のナイフは持ち主の胸に。


 先に死んだのは、清村の方だった。俺の胸に刺さったナイフは浅かったのか、あるいはただ奇跡的にまだ死なないだけなのか。
 清村の首筋に突き立てたナイフをそのまま引く。
 赤黒い泡を噴出させながら清村の首は皮一枚で繋がっているかのようにぱっくりと開き、血の暗闇に倒れ沈んだ。
「死んだ、    。ハハッ。殺人鬼でも死ぬんだ」
 俺はそのまま徐に胸のナイフを抜く。血が飛ぶ。もう何も気にしない。
 ナイフはそのまま適当に放り投げた。血が流れる。流れる。流れ……。
「   赤い、 赤い……」
 赤い炎に照らされて血の赤色が鮮明に見えた。がくり、と膝が折れ力無くそのまま床に倒れこんだ。
 力が入らない。血が流れすぎた。未だ血は止まらない。
 止まる時は死ぬ時。止まったら死ぬ。死んだら止まる。その前に燃え尽きて死ぬかもしれないあぁ、思考がまとまらない。
「けっきょく、おれはなにがしたかったんだっけ。
復讐なのか、敵討ちなのか。殺したかったのか、殺されたかったのか…………」
 自らの血溜まりの向こうに清村の血溜まりが見えた。
 そうだ。あいつが言ってたっけ。
「そうするのが自然だった……か。おれも、おれ、も、……俺も同じだ」
 不明瞭な感情。理解できるワケがなかった。それは感情じゃなかった。

 衝動。

 本能に一番近い行動原理。理由を探す方が間違っている。そこに理由なんて無い。
 見つかりっこない。在るワケが無い。
 《そうであるのが自然》なら、《そうある》しかない。

「そうだ。―――狂ってるとか、イかれてるとか、異常だとか。そんな飾りはいらない。


ただ、こうしたかっただけ」


 何もかもが色褪せていた。
 いや。色はある。ただ……赤いだけ。
 つまり、蒼が黄が碧が紫が黒が白が、色褪せている。
 ……血はもう、飽きた。





 やはりこれも初稿は2006年と2年前のもの。
 ですが、その後何度か改稿を繰り返してるので、まぁ触れてもそこまで痛くない。かな。

 やはりこれも殺人をテーマにしているのですが、何より一番伝えたかったのは、『衝動』。
 人はやる事なす事その全てに理由がある。ってのが普通ですが、それでも理由なき行動ってのがあると思うんです。
 だから、衝動。理性や感情よりも上位の感覚。あるいは人が潜在的に最もやりたい事のカタチ。

 主人公の口調がやたらめったらキザったらしいのは仕様です。そういうキャラなんです。
 あとがきBlog:「飽くなき赤色」