「ちょっと待てって!」
俺のコトなど完璧無視して彼女は歩を進めていた。
「おい!」
場所は学校の廊下。時間は昼休み。もちろん食事を終えた生徒でごった返している。
そんな中で、一人の女子を追いかける情け無い男子。
まぁ、つまりはそんな風に周囲の眼には映っているんだろう……。
それは完全な誤解なワケだが周囲の眼はそんなのわかっちゃくれない。
「…………ったく……」
俺はいい加減声をかけるのを諦めて黙って彼女の後をついていった。
着いた先は屋上。屋上とはつまり、行き止まりだ。
これ以上彼女が進む道は無く、これ以上俺が追うべき道も無い。
これでようやく話が出来そうだ。
「おい、匙川って」
落下防止のフェンスの上で腕を組む彼女の名前を呼んだ。
それでようやく彼女はこちらに振り返ってくれた。
「何、時任」
声の節々に険が感じられた。おー、怖。
「だから、な。俺はお前に謝ろうと思ってだな……」
「じゃあ謝ればいいじゃない」
匙川はいつになく不機嫌だ。まぁ、そりゃ当然と言えば当然……なのかもしれない。
「……ん。なんか、こう改まるとこっちとしても言いにくいんだが、まあいい。
だからな、さっきお前の携帯開いて悪かった。ごめん」
正直に己の罪状を述べ、素直に頭を下げた。
ようするに、コトの経緯は……。
美術室の机に置き忘れられていた携帯を俺が見つけて、中を開いて持ち主を確認しようとしたんだ。
そしたら、タイミング悪く(?)その携帯の持ち主である匙川が、忘れたのに気付いて美術室に戻ってきた。
俺が携帯を開いてるのを見て、匙川は『ワーー!』とか『キャーー!』とか『イヤーー!』とか叫びながら俺の手から携帯を奪い取り、キッと俺を親のカタキみたいに睨みつけて走り去っていった。
正直、俺は何にも悪く無いと思ってるんだが同級生連中に言わせれば匙川の携帯だと知らなかった俺が悪いらしい。
それもよく分からない理屈なんだが……やはり多勢に無勢。
多数決には従わないといけない社会だ。
「……まぁ、いいんだけどね」
と、先ほどとはうって変わって穏やかな声が返ってきた。
いつもの匙川の声だった。
「そ、そうか……」
「うん、いいよ。許す。私も変にムキになってごめんね」
「いや……別にそんな事は……」
風は凪いでいる。彼女の黒髪は揺れない。
不意にもう一度、彼女は背を向けた。
「ねぇ、時任」
「ん?」
「待受……見たんでしょ……?
私ね、それが凄く恥ずかしくてさっきみたいな態度とっちゃった……ごめん」
「いや見て無いぞ、待受。
なんかメールが来てたみたいで、『新着メールがあります』みたいなメッセージが表示されてたから。
てかさ、見られて恥ずかしい待受なら、止めとけよ?
待受って見られるためにあるもんじゃないのかと俺は思うんだ。
大体、それほどまでに恥ずかしい待受なら携帯を肌身離さず持ち歩くようにしろよ?」
「…………ッ! 時任の馬鹿ぁ!!」
その日、俺は……生まれて初めて女の子に『グー』で殴られました……。
薄れ行く意識の中、匙川はそのまま屋上から走り去っていった。
気を失う直前に見た光景は、扉に隠れていたクラスメイト全員の姿だった……。
てめぇら覗いてやがったな。何で全員口がニヤけてるんだよ。
そして……、―――匙川……何故、俺を殴るんだ? ガハッ。
で。……後に知ったのだが。
匙川の携帯の待受は俺の写真だったらしい。
何故かそれはクラスの中で、俺以外の連中には周知の事実で、驚くコトに担任まで知っていた。
まぁ……ようするにアレだ。やっぱり悪かったのは俺だったってコト。
「おい、実琴!」
「なに、勇也?」
今日も一緒に帰ろうぜ。