鬼が笑う (真型・東方創想話 作品集64投稿)


 黄金の装飾と、艶を放ち黒光りする四角い箱。
 蓋を開ければ、朱に染まり。
 隅をつつけば、顰蹙を買う。
 それ即ち―――。



   鬼が笑う



 大晦日当日の朝。
 新年の宴会に関しての打ち合わせのために、魔理沙は博麗神社を訪れていた。
「ふむふむ。甘い匂いからして、お菓子……は霊夢の事だからないな。
となると、甘いおかず? 弱ったなぁ、甘辛いならまだしも、甘いだけじゃご飯のおかずにゃならんだろ」
「……人ん家の勝手口でブツブツ言うのやめてくんない?」
 割烹着を着て菜箸を持った巫女が勝手口の戸を開ける。
 そこでは、魔法使いが甘い匂いに鼻をひくひくと鳴らしていた。
「おぉ霊夢。いやな、遊びに来たら台所から甘い匂いがするもんで、ついつい匂いに釣られてしまったんだ」
「はぁ……。いっとくけど、つまみ食い禁止だからね。っといけない。煮立っちゃう」
 慌てて台所へ戻り、鍋をつつく霊夢。
「なぁ、何を作ってるんだ?」
「栗の甘露煮よ」
「あぁ、なるほど」
 霊夢が手を動かす背後の机には、二段の重箱が蓋を開けて置いてあった。
 かなりの年代物らしく所々に傷があるものの、いかにも伝統ありげで大切にしているのか漆塗りは剥げる事なく艶を出している。
 加えて上段と下段を重ねた時、繋がるように描かれた金色の松の木なんかも意匠が素晴らしい。
 もしかしたら、博麗神社に代々伝わる重箱なのかもしれない。
「あんたは作らないの? おせち」
「ウチには重箱が無いんだ。だからまぁ、一緒に食べてやるぜ」
「……あんた和食派じゃなかったっけ?」
「おう。クリスマスもやれば、ハロウィーンもやる和食の魔法使いだぜ」
「あっそ」
 甘露煮が出来上がり、冷ますために器に盛る。
 ほこほことした湯気があがり、より一層甘い匂いが立ち込める。
 思わず、涎が出て……くるのだが。
「……おい、霊夢……?」
「あによ?」
 器に盛られていく栗の甘露煮。まるで鍋が底なしかのように、ごろごろと盛られていく栗が降りやまない。
 ようやく終わったと思ったら、その量おおよそ大きめの丼に山盛り一杯と言ったところか。
「お前、どれだけ栗が好きなんだ……?」
「…………スキナノヨ、クリ」
「片言で棒読みだぞ」
「…………クリスキナノヨ」
「あんまりカタカナで栗、栗、言わない方がいいと思うぞ。ほら、あのその……な?」
「うっさい! えぇえぇ、どうせ正月商戦に乗り遅れて、食材が買えませんでしたよ!
どこの店に行っても、売り切れご免ばっかでさぁ! 年末売り尽くしセールなんてやってんじゃないわよ!
そもそも年末休みの店ばっかだし! そのお蔭で、こうやって栗しか買えませんでしたー!
悲しみのあまり、栗を買ったにも関わらず更に山で栗を拾ってきたわ!
はっはー、ざまぁみろ! ぐんぐんミロ! 笑え!叫べ!そして死ねぇぇ!!」
「落ち付け霊夢!」
「…………ぐすっ……。
おせちはさ……神様に一度供えてから、それを食し分かち合う事によって、より深く神様と結びついて一年の安泰を願うっていう大事なものなのにさ……。
それを栗の甘露煮二段詰めしか用意できませんでしただなんて…………ぐすっ。
私、巫女失格よ……」
 よよよ、と床に崩折れる霊夢。
「で、本音は?」
「……私も海老とか数の子とか、田作りとか食べたい」
 結局、そういう巫女だった。
 神様に申し訳が立たないとか、あんまり考えてないっぽい。
「もごもご……旨いな。この甘露煮。流石、神様に仕える巫女さんが作るモノは違うぜ」
 山盛りのてっぺんの栗を一つ摘まんで食べる魔理沙。
「喰うな!」
「まぁまぁ霊夢。私に良い案があるんだぜ? 聞きたくないか?」
「あによ?」
「それはだな……」


 霊夢が腕に抱えるそれは、空の重箱、一段。
 魔理沙が腕に抱えるそれは、栗の甘露煮が敷き詰められた重箱、一段。
 合わせて二段。
 そして霊夢と魔理沙がやってきたのは、魔法の森のマーガトロイド邸。
「よ、アリス」
「あぁ、魔理沙……と霊夢?」
 玄関に出てきたアリスが二人を目にし、やがて霊夢の抱える重箱に気づき……。
 ぽつりと一言。
「…………霊夢。物乞いでも始めたの?」
 とびっきり憐れみの目で見られた。
 その一言と、視線に思いっきりショックを受けていた。
「……私。私は一体何をやっているんだろう。魔理沙の口車になんか乗るんじゃなかった。
…………私は所詮、リスのようにクリをかじってればいいのね……」
 どんよりとした冷気が霊夢を纏う。
「おいおい、カタカナで栗鼠と栗の単語を並べるなよ……」
「で、どういう事なのよ。魔理沙。まさか本当に物乞い?」
「まぁ…………否定はできないな」
 かくかくしかじか、と魔理沙は説明する。
 要するに、霊夢謹製博麗印の栗甘露煮(有り難いご利益付き)と、普通のおせちのおかずを交換して欲しい、との事だった。
「なるほど。……しょうがないわね。ウチは丁度栗きんとんが少ないと思ってた所ってことにしてあげる。
それじゃ何が欲しい?」
 そう言って、アリスがキッチンから重箱を持ってきて、テーブルの上で開いて見せる。
 重箱にはアリスらしく細かな所まで色鮮やかに総菜が敷き詰められていた。
 ただ色鮮やかなだけでなく、それがまるで一枚の絵画のように配分よく詰められていた。
「……んん?」
 しかし、それを見た霊夢と魔理沙は、疑問符と共に呻きを上げた。
「ねぇ、これは……おせち、よね?」
「そうだけど?」
「何でおせちに、牛タンシチューとか入ってるの?」
 霊夢が指さす先には、ココットに入った牛タンシチュー。見るだけでそれが柔らかく煮込まれている事が解る一品だった。
「別に普通じゃない?」
「……お、これ良く見ると海老は海老でも塩焼きじゃなくて、香草焼きだぜ」
 他にも、アリスのおせちには、帆立のパイ焼きやカニグラタン。エスカルゴのバター焼きなんかも入っていた。
「我が家は……っていうかお母さんから習ったおせちはこうだったのよ」
「いわゆる洋風おせち……ってヤツか」
「で、要るの? 要らないの?」
「じゃあ、この帆立二つ頂戴」
「はいはい。じゃ、こっちは甘露煮一掬いっと」
 空の重箱に帆立のパイ焼きが二つ入り、代わりに栗の甘露煮が少し減った。
 アリスに礼を言って、二人は次なる目的地へと向かう。
 次の目的地は……紅魔館。

「と、いうわけで何かくれ」
「何で魔理沙が言うのよ」
 珍しく正門から堂々と入るやいなや、紅魔館のダイニングに押し掛ける霊夢と魔理沙。
「咲夜、お願い。今なら初詣のお賽銭無料券つけるから」
「新聞の勧誘みたいね。あと、無料券はいらない。
…………そう、ねぇ。ウチはちょっと調子に乗って作り過ぎてたし、あげてもいいわよ」
「ほんと!?」
「その代わり、ちょっと鉄の味がするかも?」
「あ、結構です。それじゃ」
「いや冗談だから。普通のおせちもあるから」
 そうして、とりわけ大した問題もなく、霊夢は伊達巻きと昆布巻きを貰った。
 そして代わりに甘露煮を譲渡する。
「霊夢の作った甘露煮って言えば、お嬢様も喜んで食べるかもね」
「ウチのご利益が吸血鬼に効くかは知らないわよ」
「それで、賽銭無料券は?」
「そんなもん無い!」

 その後、白玉楼ではかまぼこと田作りと黒豆を。永遠亭では六種の煮物を。
 守矢の神社では数の子とナマスをそれぞれ栗の甘露煮と交換してきた。
 空だった重箱も大分埋まり、魔理沙は満足していた。
 だが、霊夢は……。
「まだ足りない」
「何だ? 皿が一枚足りないのか?」
「違う。海老よ。おせちと言ったら海老! 海老と言ったらおせち……とは言わないけど。
とにかく海老が足りないわ」
「とはいってもなぁ。どこも海老は人数分しか揃えないだろうし。
それが解ってるから霊夢も海老をくれって言わなかったんだろ?」
「う……まぁ。そうだけど」
 しょうがないか、と諦めて二人は神社に戻る事にした。
 ……その帰り道の途中。
 空を飛びつつも、何気なく下を見ていたら……。
「え? 魔理沙! アレ!」
「何だ? どうした?」
「海老よ! 海老がいるわ!!」
「……んな馬鹿な」
 霊夢が嬉々として降下していく。その先には、川があった。
「まさか……」
 嫌な予感を抱きつつ、霊夢に着いて降りていく。
 川を見ると、赤色の何かが何匹か動いていた。
「あの赤い殻は間違いなく海老ね! いざ、捕獲!」
 袖まくりし、空中から川に手を伸ばす霊夢。
 えい! やぁ! と元気な掛け声が何度かして、ついに。
「やったわ! 海老とったどー!!」
 霊夢は海老を手に入れた。
 魔理沙は……何も言わなかった。言えなかった。

 霊夢が言う所の”海老”を持ち帰り、さっそく塩焼きにして、ようやく博麗神社のおせちは完成した。
 相変わらず、一段目には栗の甘露煮が詰まっているが、二段目に入っている色とりどりの総菜を思えば、なんてことはない。
「ありがと、魔理沙。これで充実したお正月が過ごせるわ」
「あ、あぁ。良かったな霊夢」
 友人の喜ぶ顔が見れて、魔理沙も嬉しかった。これは本心。
 ただ、その顔が少しだけひきつっていたのに、霊夢は気付かなかった。
「それじゃ、私は帰るよ。いい正月をな……」
「あんたもね。あぁ、そうだ。はいこれ」
 霊夢が紙で包まれた皿を寄越してきた。
「何だ?」
「付き合ってくれたあんたにお礼よ。海老、入れておいたから。
おせち作らないにしても、晩御飯にでも食べてよ」
「…………あ、あぁ。ありがたく貰っておくぜ。
私は貰えるものは何だって貰う主義だからな……」
「それじゃ、また新年の宴会でねー」
 境内で元気よく手を振る巫女に見送られながら、複雑な面持ちの魔法使いはふらふらと飛びながら自宅へ帰っていった。


 後日。

「アリス……おせち喰おうぜ」
「言うと思った……。ま、今年は多めに作ってたからいいけどね」
 近年は、毎年多めに作っていた事はあえて言うまい。
「ところで、これ。喰わせてもらうお代ってわけじゃないけど」
 紙で包まれた皿をアリスに進呈する。
「なぁに、これ?」
 開けるとそこには、赤色の殻を持った……。
「ザリガニじゃない。何でこんなもの」
「…………海老の……代わりだよ」
 魔理沙はなるべく平静を装って言う。
 喰えるハズがない! これを海老だと言う霊夢もどうかと思うが、ましてやそれを喰おうなんて……!!
「ふぅん。まいっか。さ、食べましょ」
「へ?」
 皿に乗ったザリガニを見て、アリスは驚くか、怒鳴るかすると思っていた魔理沙は、そのあまりにも普通に流したアリスに呆気にとられた。
「何、食べないの?」
「いや……喰うぜ」
 前にも見たアリスの洋風おせちに箸を伸ばす。
 洋風おせちといいつつも、ちゃんと祝い箸を使うあたり、和洋折衷にも程があると思わないでもない。
 いくつかおせちを摘んだ所で、ついにアリスがザリガニに手を伸ばした。
 手でバリバリと殻をむいていくと、やがて白いプリプリとした身が出てきた。
「あ……あ、あぁ……」
 魔理沙の表情が驚愕で震えるのに気付かぬまま、アリスの口が……ザリガニの身を……頬張った。
「く……喰った…………!」
「ん? 何?」
「おま、お前……ザリガニだぞ、それ!」
「? そうね、ザリガニね。確かにおせちにザリガニって和洋折衷にも程があるわね」
 あはは、とアリスは軽く笑うが、それでも魔理沙の震えは止まらない。
「そこじゃないだろ! いくら海老に似てるからって、ザリガニ何か食べてさぁ!」
「え……? 私がザリガニ食べるのはおかしい?」
「そうじゃなくて!」
 あまりの剣幕で魔理沙が言うので、アリスは戸惑っていたが、ようやく一つの確信に辿り着いた。
「…………ねぇ、魔理沙。ザリガニって食べれるのよ?」
「はぁ?」
「確かに幻想郷では馴染みのない食材かもしれないけど、水が綺麗な所のザリガニなら食べても何ら問題はないのよ」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃないわよ。現に今私が食べたじゃない。何だったら、聞いて回ってきてもいいわよ。
それで恥を言いふらす事になるのは魔理沙だけど」
「……そ、そうだったのか」
 すまん、霊夢。私はお前をここ数日かなり馬鹿にしていた。
 魔理沙は友達に心の中で謝った。


 世界は広い。
 幻想郷でさえも。
 はたして、恥なのは、ザリガニが食べられると知らなかった魔理沙なのか。
 或いは、ザリガニを海老と混同している霊夢なのか。
 それは、おせちを供えられた神のみぞ知るのである。





 来年の事を言うと鬼が笑う、といいます。
 ここで笑われるのは、霊夢でも魔理沙でもなく、
 12月のはじめに、クリスマスという一大行事を通り越して、大晦日・正月の事を考えている俺。
 さぁ、萃香。俺を笑ってくれ! そして一緒に酒呑もうぜ! ついでにエロイことしようぜ!(俺自重

 まぁ……ね。
 自分のギャグセンスの無さは自覚してるからさ……。
 あんまり、寒い目で見ないでくれよ。(興奮するじゃないか
 あとがきBlog:「鬼が笑う」