その弾幕の絡みを表現するのは私の膨大な智慧を以ってしても難しい。
どれだけの壮大な美辞麗句を並べた所でチープさは拭えないし、星や宇宙といった言葉は壮大さを持つが故に軽薄さをも伴ってしまう。
故に私は、敢えてこの言葉を選びたい。
その弾幕は「虹色」だったのだ、と。
虹色の恩愛
―――“八雲紫”は代々、受け継がれていく。
八雲が式を扱うのは、式神行使というカタチで主の力を与え続ける事によって、式を被せたモノの性質をより強く変質させるため。
また、“八雲紫”の下で鍛えられた式は必然数字に強くなり、それは”境界を操る程度の能力”を得る事にも繋がる。
何故なら、境界を操る……即ち論理の破壊は、論理を以ってしか成し得る事は出来ないから。
境界を操る程度に至るまで成長した式は、主……”八雲紫”その人を倒す―――殺す事によって、代変りを成す。
幻想郷を守る力、守れる力。それ故に強大な力。
この力を持つ者は一人でなければならない。
複数居ては、論理が破壊されるだけではなく破綻してしまうから。
……
未だ”八雲藍”であった私が、ある日突然、先代”八雲紫”に聞かされたものだ。
虹の七色。紫に始まり、藍、青、緑、黄、橙、赤。
八雲においては紫の名を主が持ち、その式の力量によって藍より以下の名が与えられる。
そして、一定の力量が主に認められた時、初めて八雲の姓にその名を連ねるのだ。
だが、あのシステムがある以上、八雲の名に七色が揃う事は無い。
七色が揃ってしまう時とは即ち、同一人物が永い時を紫の色に座り続けたという事。
単に藍色の力が足りていないのかもしれない。或いは紫色を手放すのが惜しいのかもしれない。
いずれにせよ、七色が揃うというのはシステムの破綻、ひいては幻想郷の存亡を表わす。
妖怪の賢者として、幻想郷の結界を管理するものとして、幻想郷を愛するものとして……。
“八雲紫”は正しい手順で存在し続けなければならないのです。
思い返せば、■■年。
賢者・八雲紫の式とはいえ、突然の主との別れ、そして自らが”八雲紫”になった事。
始めは戸惑ったが、妖怪故の時間の多さから何時しか戸惑いも消え、それらしく振舞えるようにはなっていた。
境界を操る程度の能力を継いだ私はそれと同時にスキマに封じられていたかつての”八雲紫”たちの記憶をも継いだ。
そこには賢者の智慧と共に、幼い幻想郷の記憶、或いは先代たちの原風景。そういったものが収められていた。
それでも、一つだけ。
それらを見ても一つだけ解らぬ事があった。それは記憶の記録に残っていなかった。
それは―――、どのようなキッカケで、『”八雲紫”を辞める事を決めたのか』……という事。
□
「紫様、おはようございます」
「おはよう、藍」
朝起きて居間に行くと、既に藍が起きて朝食の準備をしていた。
かつては私が自分でやっていた事だが、
かくいう私も、年を重ね過ぎたせいかどうもそういう些細な部分での怠慢を享受してしまうようになっていた。
これではあの人を嗤えないな……と心中で呟く。
しばらくして卓に並んだのは、白米と味噌汁と焼き魚、それに香の物。
当たり障りの無いメニューではあるが、朝食としては申し分ない。それに味が良ければそれでいいのである。
その点、私の式は完璧だった。艶やかに炊かれた白米は気持ち硬めに、味噌汁は刻んだ油揚げとネギを実に赤が多めのあわせ味噌。
焼き魚は皮の焦げ目がおいしいパリッとした焼き加減で塩味は薄め、薄く切った香の物は少々多めに盛ってある。
いずれも私の好みを熟知した手の入れようだった。
「今日も美味いな、藍」
「ありがとうございます、紫様」
私がそう言うと、藍は恥ずかしそうにはにかんだ。
やがて食事を終え、一息ついた所で日課である仕事の伝達をする。
「それじゃ、藍。今日の仕事を言い渡す」
「はい」
生真面目に背筋を伸ばし、正座をして指示を仰ぐ藍。
そんな所は、自分に似たのかな……と思うと何だか気恥かしい。
そう思うと自分にあの人とドコか似ている部分はあるのだろうか……。自分では思いつかなくてちょっと複雑だ。
あの人から学んだ事は多い。多いというか私の全てでさえあるような気がする。
ただ、あの人は私生活では横着な部分が目立ち、私はあぁはならないようにと気を付けていたので、あの人に似た部分なんて自分にはあるのだろうか。
有ったら有ったでそれは問題なんだけど、無いなら無いで少し寂しくもあるかな……。
やはり反面教師では駄目なんだ。手許に残って嬉しいモノを残してくれないという点では。
「紫様、どうかされましたか?」
「あぁいや。なんでもない。……コホン。大結界は非常に安定している。特に目立った異変も起きていない。
……だから、今日は好きなように休みなさい」
「え?」
私の言葉に藍は首を傾げる。
ぴょこん、と出ている長い二股の尻尾が「?」を形作るのではないかと期待してみたが、残念ながらただ揺れるだけだった。
「えっと、お休み……ですか」
「そう。偶にはいいだろう?」
「ですが……」
「……じゃあこうしよう。今日の夜は稲荷寿司が食べたいから、里の豆腐屋で買ってきてくれ。
ただし、今から買うと傷んでしまうからちゃんと夕食の良い時間で買って帰ってくるんだ」
素直に休めないと言うから、一つ暇な時間の出来る仕事を作ってやった。
いわゆる、大義名分というヤツか。
「……解りました。ではそのように」
「あぁ。頼んだぞ、藍」
一応、藍の中で筋は通ったようで、素直に頷いた。
それからほどなくして、書斎で本を読んでいた所、藍がやってきた。
「紫様、それでは行ってきます」
「あぁいってらっしゃい」
普段より少しだけお洒落な恰好をして、藍は出かけていった。
八雲の家と幻想郷の空を繋ぐスキマを彼女が通っていく気配を感じる。
多分、博麗神社に居る火焔猫の所へ行ったのだろう。猫の妖怪同士、気があうようでお互い長い付き合いだ。
「……?」
今、何かが、私の心を通り抜けた。
何だろう。この気持ちは?
今日は本当に―――それこそ千年に一度あるかないかのレベルで―――本当に何もする事がない日だった。
だから特に意味もなく、藍には暇を与えた。そも仕事が無いなら休むのは当然の事だろう。
藍は、最初こそ戸惑い渋っていたが、半刻もしないうちに
その姿を見送った時、言い知れない気持ちが私の心に広がった。
こんな気持ちは……知らない。
その色は不安や焦りに似ているが、その感触は喜びに似ている。
「…………」
そんな気持ちを抱いた私は、本を仕舞い書斎を後にした。
□
ついにその日がやってきてしまった。……その人の死に多くの人妖が涙した。
その中でも一番泣いたのはきっと私。
涙の量を比べる事なんて、彼女の死の前にはどうでもいいことだけれど、それでも私が一番多く泣いた。
もしかしたら私より多く泣くべき人間の友達がいたのかもしれないけど、残念ながら先立っている以上、彼女のために泣く事は叶わない。
だから私が一番多く泣いたのだと言える。
楽しかった。彼女―――博麗霊夢を中心に作られる空気が好きだった。
霊夢の友達や、霊夢を慕う人妖たち……。
ただの集まりなのに、一つでも欠けていたら作りえない、幻想郷の在り方を体現するかのような雰囲気。
その核たる、博麗霊夢。だから私は博麗霊夢が好きだった。結局は私も霊夢を慕う妖怪の一人。
今までにも多くの博麗の巫女とは関わってきた。
時には異変解決の手助けをしたり、時には異変を解決させたり、時には異変を解決させに来させたり。
それでも、幾数人もの博麗の巫女の中でも、霊夢はとりわけ素晴らしかった。
空の浮雲のようだけれど、実態のある人間として振舞う彼女。
私が愛する幻想郷を人に例えたなら、イコールで結べてしまうような彼女。
だからこそ彼女が死んだ時、まるで祭りが終わった後のような虚無感。そして悲しみ。
心地よい時間をくれた彼女への感謝。実に様々な感情が心に溢れた。
□
八雲の家は、どことも知れない無限に広がる草原の中に建っている。
八雲の智慧を引き継いだ私でさえもここの所在は解らないのだから、案外先代たちも解っていないのかもしれない。
普通に進めば庭先から家の裏側にループしてしまう結界を一部解除して潜り、私は八雲の家から遠のいていく。
手入れをしているワケではないのに綺麗に整って波打つ草の上を、サクサクと歩いていく。
その流麗な淡い緑色の波を作る風は、穏やかに吹いていた。
緑色の水面を歩いていくと、やがて並んでいる石が見える。
その場所は未だ草原の真ん中。何の目印も無いその場所は、ただまっすぐ歩くだけで辿り着く。
「……また、来てしまいました」
軽く手を合わせ、気付くと私は呟いていた。
「甘えが過ぎると、怒られそうですね」
誰にともなく苦笑してしまう。
草原に並ぶ石―――それは、墓石だ。
先代”八雲紫”たちの墓。己の式に敗れ、その力と名を譲っていった妖怪の賢者たち。
ここには“八雲紫”になってから、今までに何度も訪れていた。
例えば、不安で胸が一杯になった時。例えば、妖怪の賢者としての重責に潰れそうになった時。
例えば、何か嬉しい報告が出来た時。例えば、悼みの時……。
だが、今日は未知の気持ちを抱いてここに来た。
……不安の様な。喜びの様な。
遥か長い時を生きている癖に、初めて感じたこの気持ち。
「この感情、紫様ならご存知なのでしょうか……?」
不意に一際強い風が吹き流れた。
私の頬を撫ぜるその風を、紫様の御手だと思うのは……イケナイ事だろうか。
あぁ……結局私は八雲藍のままなのか。
いつまでも、いつまでも…………いつまで、紫様の式でいるつもりなのか。
“八雲紫”になった二千年前のあの日から、何一つ成長しちゃいない……。
一体、いつまで私は八雲藍でいるつもりなんだ。
“藍”は―――橙は、しっかりと成長しているというのに。
さっき見ていただろう?
嬉しそうに
いつも見ていただろう?
橙の作る、美味しい食事を。
今まで見ていただろう?
人を化かす程度だった橙が、結界の管理を手伝ってくれているのを。
「……、」
風が凪ぐ。頬に添えられていた手はもう居無い。
解っている。
アナタ様に……ただの石に、いくら語りかけた所で答えなんて返ってこない。
―――もう、私に九つの尻尾は無い。頭頂に毛の生えた耳も無い。
今の私は妖狐ではなく、スキマ妖怪なのだから。
「帰ります。さようなら……」
紫様―――。
□
心に満ちる悲しみと感謝の気持ち。
だから私はこれを理由に、今代”八雲紫”の終わりを決心した。
きっと先代もこんな気持ちになったから……こんな気持ちがキッカケで”八雲紫”を辞めたのだと信じて。
□
「およ、紫じゃん」
「相変わらず仕事をしない巫女だな」
ふらり、と博麗神社に来ていた。
仕事が無いのは藍だけでなく私も同じ事で、再度本を読み耽っても良かったのだが、何となくあてどの無い散歩に出たくなったのだ。
「おや、藍は来てない?」
「お燐と新地獄街道三号線でお買い物だってさ」
「あぁ、そうなのか」
「自分の式なのに、居場所を把握してないのはどうなのさ?」
「ウチは、放任主義なんでね」
「べったべたのべったりの癖によう言うわ……」
巫女は縁側でお茶を片手にだらしなく座っている。
今代の巫女は、ここ数代続いていた努力家な性格を受け継がなかった。
オマケに空の浮雲のような性格で、その人と為りは、あの人が好きだと言ったある巫女を思い出させる。
「お茶でよければ出すけど?」
「じゃあ頂こうかな」
ただまぁ、あの巫女よりは目上への敬意といったモノがあるあたり全然マシだろう。
「はい、どぞ」
「ありがとう」
いつもの眠たげな目にお茶を渡されて受け取る。
「今日はもう境内の掃除は終わったのかい?」
「えぇまぁ……多分終わった」
「……掃除ぐらいはマジメにやったらどうだ。どうせ日がな一日やる事も無いだろう?」
「別に労働意欲が無いわけじゃないんだけどねぇ。あんまりにも暢気が過ぎるから、ついつい呆けちゃうっていうか」
「だからいつも眠そうな目をしてるのか」
「いやぁ、この目つきは生まれつきだけどね」
そんな他愛のない会話を続けていく。
博麗の巫女を指導するのは”八雲紫”の仕事だ。
私の長年の計測からいくと、今代のような天才肌で普段はやる気のないタイプの人間が巫女の時は、厄介な異変が多めに起こると予測される。
天才肌ゆえにあまり口を出す必要もないのだが念には念を入れて余分に絡んでおくのだ。あの人がしていたように。
現にこの巫女が当代になってからの僅かな間に、二つも大規模な異変が起きている。
いずれも迅速な対応で事無きを得たが、その手際はやはり博麗霊夢を思い出さずにはいられない。
「君はあと幾つの異変を解決するんだろうねぇ」
「縁起でもない事言わないでよ。異変なんて起こらない方がいいんだから。世界平和で日々平穏。これが一番なの」
「で、本音は?」
「メンドくさいでしょ」
まぁ、そういう巫女だった。
「…………ふぅ。さて、そろそろ私はお暇するよ」
「あらそう。どうせウチに入り浸るなら、次は何か手土産の一つでも欲しいわ」
「では、極上の油揚げを」
「まるで狐ね」
「あぁ私は狐だよ。頭がいい所なんかそっくりだ」
くすくすとお互い薄い笑いを零し、私は神社を後にした。
スキマを潜って八雲の家へと帰る。
何故だか読みかけの本の続きが気になったから。
□
残念ながら私が死を決意した時―――つまり博麗霊夢が死んだ時―――私の式は未だ私を殺せるほどに強くは無かった。
だから仕方なく私は待つ事にした。私の式が、私を殺せるほどに強くなるのを待った。
今まで通り、私の手許で仕事をさせ、修練を積ませる。
式の成長を待つ間、私には常に疑問が付き纏っていた。
『私は正しく死のうとしているのか?』、と。
霊夢を失った。幻想郷の体現者が消えた。彼女のくれる時間は終わった。
そこには悲しみと感謝が綯い交ぜになっている。
本当に先代”八雲紫”たちはこんな気持ちで死んでいったのか?
“
……答えは無い。代々継がれる”八雲紫”の記録にはそこの部分だけが存在しない。
私自身が”八雲紫”を受け継いだ時も、我が主はさよならだけを告げて逝ってしまわれた。
やがて、私の式は強くなる。
しかしそれは、霊夢の後を追うと言えなくなる程度には長い時間だった。
□
「紫様、ただいま戻りましたっ」
夕刻。茜色の空に暗い帳が落ちる少し前に藍は帰ってきた。
手には油揚げの入った袋を提げている。
「おかえり―――ら、ん……」
書斎で本を読んでいた私は振り返って藍に言葉を返す。
その時、藍の姿を見た私は……何故か言葉を失った。
藍はまさに今帰ってきたばかりで、服装も今朝と何ら変わらない。
違いと言えば手に袋を提げているか否かだけだ。
だが……。
「? 紫様、どうかされましたか?」
傍目には呆けていたであろう私は藍の言葉に正気を取り戻す。
「あ、あぁ。いや何でもない。腹が減り過ぎててね。悪いがさっそく頼むよ」
「はい! 腕によりをかけて作りますね!」
楽しそうに言うと、藍は書斎を出て行った。
「…………」
閉じられた書斎のドアを見つめる。さっき見た藍は確かに藍に違いない。
何もおかしな点は無い。だと言うのに、私は言い知れない違和感に襲われた。
どこか……どこか、今朝の藍と先程の藍は違うような気がする。
そして、その違和感を辿った先は……今朝も感じた不安とも喜びともつかない気持ちだった。
「……私も手伝うか」
考えた所で答えは出ない。考えなければ答えも出ないだろうが、急ぐわけでもない。
久し振りに藍と一日中顔を合わせていなかったから、変に気にし過ぎているだけだ。
私はそう結論づけ、台所へ向かった。
□
「……藍。これから言う事を勘違いしないでね。
私は霊夢の後を追いたいわけではないわ。けれど……。
貴女の手で私を殺しなさい」
“八雲紫”が代変りする事を、八雲が式を扱う理由を、八雲のシステムを、全てを……藍に話した。
そうして私は藍と命を賭けた弾幕死合をする。
霊夢の後を追いたいわけではない、などと嘘をついてまで。
これじゃあ
この時の藍は十分に私を打ち倒すだけの力を持っていた。
ただ、藍自身はその力の『使い方』ではなく『使い道』をハッキリさせる事が出来ずにいた。
だから本当は『私と同じ事が出来る』のに、無意識下でそれをしないようにしていたの。
……それも私が藍を挑発し、式を被せた妖怪としての本能に訴えかける事で、その抑制を外した。
結果、攻防の応酬の果てに、藍は私が作り出したスキマを乗っ取るという荒業をも成し遂げた。
そして、最後の弾幕が放たれる。
□
手伝いを申し出たが藍に断られてしまい、私は居間から藍の後ろ姿を見つめていた。
台所で鍋を煮る藍の姿は普段通りだ。それでも私の違和感は消えない。
まるで藍が蜃気楼を隔てた向こう側に居るかのような喪失感。
実際には手を伸ばせば届くのに、手を伸ばすのを躊躇わせる程の違和感が拭えない。
「藍……今日は、どうだった?」
「とっても楽しかったですよ!
神社に行ったら珍しく境内の掃除をされてましてね、お燐と二人で明日は槍でも降るんじゃないかって言ったりして。
その後、地獄街道で二人でお買い物して、評判のお店でお茶を飲んだり、ついでに地霊殿のさとり様にもご挨拶に行きました。
あ、そうそうそれで、名店と名高いお茶屋さんで茶葉を買ってきたので、食後のお茶は期待してて下さいね」
「そうか……。いや、楽しかったならいいんだ。休みをあげた甲斐があるってもんだ」
「紫様は何かなされてたんですか?」
「私は……本を読んでいたぐらいだよ。以前から読み進めていたんだが、いい加減まどろっこしくてね」
その後は食事をしながら、藍が旧地獄街道のお店について語ってくれたり、あの店の抹茶は旨いが甘味はどうだとか、本当に取り留めのない話ばかりをした。
始終、藍の顔はいつも以上に楽しそうな笑顔で、私もそんな藍の笑顔が嬉しかった。
本当に?
本当に。
嬉しさと同時に、先程感じた喪失感、違和感が波となって押し寄せる。
―――そして、気付く。
この
この
この
藍は私の式だから、いつまでも、いつまでも私の傍に居ると思っていた。
確かにそれは間違いじゃない。式は主の傍に仕えるために有るのだから。
けれども……藍はただの式じゃない。
八雲の姓を持つ、私の……家族なんだ。
□
死力を尽くした死闘の果てに、最後の一撃が放たれた。
示し合わせたわけじゃないのに、切った切り札はお互い同じ技。
四ツ色の弾幕と三ツ色の弾幕がぶつかり合って、激しい衝撃の波が弾けて混ざる。
その時の美しさを私は死んだ今でも忘れる事が出来ない。
星天八極? 統一宇宙の破裂?
なんなの、その恥ずかしい装飾は。あの美しさは見たままを表現すればいい……。
そう、あの「虹色の弾幕」。
虹の七色は八雲にとっては不吉な色だけど、あの瞬間の私にとっては……。
確かな明るい希望の色だった……!
□
「こんばんは、紫様」
夕食を終えた私は一人、今日二度目となる草原の真っ只中に居た。
空はすっかり暗くなり、大きな弦月が張り付いている。
青白く照らされた草原は、いつものように波打っており、揺れる度に夜光が煌いた。
そこに墓石とは名ばかりの少し大きな石が三つ並んでいる。
「今回は、ご報告です」
一番右の石に私は向かって言う。
「苦節云千年。ようやく貴女様の気持ちに辿り着けました」
かつて八雲紫から”八雲紫”を受け継いだ時の事を思い出す。
未だ、九の尻尾と獣の耳があったあの時を。
「紫様がこの気持ちにいつ頃気付いかれたのか、私には解りません。
元から知っていたのか、霊夢の子供が産まれた時に知ったのか、霊夢が死んだ時に知ったのか……。
或いは、私が紫様を弑虐するその時まで知らなかったのか……。
―――“八雲紫”が”八雲藍”にその名を譲る時。
それは、己の
□
そう、この時だ。
己の間違い、過ちに気付いたのは、私が虹色の光に目が眩んだこの瞬間。
先代”八雲紫”は、決して一時の感傷で”八雲紫”を辞めたわけじゃない。
きっと先代たちも今の私と同じ気持ちだったのだ。
最期の時、八雲紫という
普通の妖怪ではきっと得る事の出来ないこの気持ち。
親が、子の、成長を、喜ぶ。
そういう気持ちを知ったから。
□
夜の風が、頬を撫ぜる。
「八雲の式のシステムは……、幻想郷を守るためだけではなく。
冷たい……けれど、温かい。そんな幻想を感じる。
「この気持ちに気付けた今、私はいつでも藍に”八雲紫”を継がせる事が出来ます。
……ただ、まだその時ではなさそうです。あの子には教えたい事がまだ一杯あります。
紫様が私にしてくださったように……、あの子がいつかこの気持ちを知る事が出来るように……」
―――そして、私は貴女の傍からようやく離れる決心が付きました。
今宵、優しく吹きつける夜の風は去り際のその時まで私の頬に温かな手を添えてくれていた。
明日からはもう、触れないから。