蓬莱人が死んだとさ (真型・東方創想話 作品集70投稿)


「炎がお前を呼んでるよ」
「なら燃え尽きなさい。潔くね」



   蓬莱人が死んだとさ



 数え飽く程の年月を経て、尚今も殺し合いを続ける少女が二人。
 一人は月姫、蓬莱山輝夜。
 もう一人は不死鳥、藤原妹紅。
 お互い複雑明快で単純怪奇な人生の元に殺し合いを続けていた。
 深夜の逢瀬。特に示し合わせるでもなく。
 竹林の奥まった一角にある広場、そこが二人にとって観客の居無い武舞台だった。
 今夜も、いつものように死が量産されていく。
 首を千切って投げ捨てて一つ。七色の光の線が心臓を貫いて二つ。
 灼熱の炎が身を焦がして三つ。振り抜いた拳が頭蓋を割って四つ。
 続く、続く。殺し合いは続いていく。
 いつもならば百を超えた辺りで終わるこの狂喜も、今夜は何故か終わりが見えなかった。
 夜が終わり、朝日が薄く昇ろうとしているのに、二人は動きを止めない。
 狂った人生で正気を保つために死に狂う二人。
 いくら不死の体と言えど、死を重ね再生する毎に疲労は溜まっていく。
 そして、今夜に限っては疲労の限界をも超えて殺し合う二人に、異変が起きた。
「ぜぇ……はっ……死ね、輝夜……!」
「……!!」
 蝋燭並の火を纏った拳を妹紅が振り翳す。
 それに対応しようとした輝夜だったが、溜まりに溜まった疲労から上手く身体が動かず能力もぎこちなく、結果、妹紅の拳が輝夜に当たる。
 いかなる術なのか弱々しい炎を纏う拳から火が燃え移り、大きく燃え盛って輝夜の全身を包んだ後に、爆発した。
 無惨な姿……さえ見えず、輝夜はまた一つ死を重ねる。
 妹紅の方も疲労困憊といった様子で、一人で勝手に足を縺れさせて地に倒れ伏した。
「はぁ……はぁ……」
 妹紅は血と泥に塗れた肩で息をしている。
 もう指先一つ動きそうにもないな……と地面と同じ高さで輝夜が爆散した方を見る。
 乱れた息を感じながら、いつもの虚無感に襲われた。
 こうやって輝夜と殺し合うようになってから幾星霜。死なない自分が死なない相手を殺し殺され幾星霜。
 何度殺し合っても、結局最後は虚しさだけが残るのだ。
 初めは自分からふっかけた喧嘩だった。いつしか輝夜も乗り気で殺し合うようになった。
 今日は最後に輝夜が死んだから、自分はこんな虚無感に包まれている。
 最後に自分が死んだ時は、輝夜もこんな虚無感に包まれているのだろうか……?
 段々と乱れていた息も落ち着いてきた。
 もう少しすれば疲れで茹だった手足も無理やり動かす事が出来るだろう。そうなれば後は自分の家へ帰るだけだ。
 そこで、はたと気が付いた。

 妹紅の視線はさっきから動いていない。
  ……息はもう落ち着いている。
 ずっと輝夜が死んだ場所を見つめたままだ。
  ……あれほど疲れていた手足も何とか動く。
 何かがおかしい。何がおかしい?
  ……不安から息が再び乱れてくる。

 そして思い到る。
 爆死した蓬莱山輝夜が。不老不死の蓬莱人が。
 一晩殺し合い続けた相手が。永年殺し合い続けた相手が。
 同じ永遠の時を生きる女が。

「生き返らない…………」



 今まで重ねてきた遠大な人生の中でも、これほど焦った事は無いだろう。と思うぐらいに妹紅は焦っている。
 疲れに茹だる手足の事など、とんと忘れて早朝の静けさを纏う永遠亭に駆け込んだ。
「ウサギ! あいつが!! 死んで! だからそのえっと!」
「何なんですか……? 朝っぱらから……ふぁ〜」
「輝夜が私が殺し殺されて違うだからえっとあいつが死なないのに私は死なないのに―――あぁぁぁもう!」
 寝起きの不機嫌な顔をした鈴仙が玄関先で慌てふためく妹紅の話を聞く。
 が、妹紅は焦っていて、どうにも話の要領を得ない。
 もう放っておいて二度寝しようかな、という思考で一杯な鈴仙の頭に、ようやく理解できる一言が飛び込んできた。
「だから、輝夜が死んで生き返らないんだよ!」
「…………は?」
 信じられない一言に、眠気が瞼の裏からすっ飛んで行った。
 鈴仙の赤い眼がパチクリと妹紅を見る。
「今、なんて……?」
「あ、あぁ。そうだこう言えばいいんだ。『輝夜が』、『死んで』、『生き返らない』」
「そんなまさか、」
 あはは、と妹紅の言葉を笑って流そうとした。
 けれども鈴仙の喉から出たのは音にならない掠れた吐息だけ。
「……確認するけど、本当の本ッ当に嘘や冗談の類じゃないのね!?」
 ただただ真剣な眼差しで頷くより他は無かった。
「解ったわ。師匠を呼んでくるから、そこから動かないでね!」


「ここよ」
 妹紅は、殺し合いの場である竹林の奥にある広場へと案内する。
 連れてこられたのは、鈴仙と……八意永琳その人。
「二人はそこから動かないで頂戴」
 冷ややかに放たれたその一言に、鈴仙と妹紅は背筋を張り詰める。
 焦るでも慌てるでもなく、かといって普段通りというわけでもなく。
 冷たい炎の様な、非常に鋭い空気を永琳は纏っていた。
 息を呑む二人を尻目に、永琳は広場へと入っていく。そして、最後に輝夜が死んだと思われる場所へ片膝をついて地面に触れる。
 数歩ずつ場所を移動しながら、そんな事を繰り返して十分ほどが経った頃。
 その間、遠巻きに永琳の一挙手一投足に固唾を飲んでいた二人の元へ永琳が戻ってきた。
「…………安心なさい」
 その言葉に妹紅は安堵し全身から緊張と力が抜けていく。
 が、続けて告がれた言葉に、彼女は絶望する事となる。
「私は貴女を恨んだりしないから」
「なん……? どういう意味よ……?」
「姫は亡くなりました」
 今度こそ。今度こそ、その一言によって全身から力が抜け、妹紅は地に崩折れた。
 安堵からではない。驚愕し、愕然とし、絶句し、狼狽し、憔悴し、絶望する。
「……なんだって?」
 信じ難い現実がそこに突き付けられている感じがして、それを認めたく無くて思わず聞き返してしまう。
 そうする事によって、現実が摩り替る事を願って。
「耳が遠くなったのかしら。……姫は亡くなりました。と言いました」
 しかし妹紅の願いは叶わない。
 聞き間違いであったハズの言葉が、違わず繰り返される。
 あの蓬莱山輝夜が、死んだ。と言うのだ。
 言葉を失い膝を突く妹紅の隣で、未だ気丈に振舞う鈴仙が疑問を振るう。
「あの、師匠……それは本当なんですか? あの……姫は、その……」
「蓬莱の薬で、不老不死の蓬莱人になったのに?」
 鈴仙が口ごもる先を永琳が続けた。
「っ……、はい。不死のお体である姫が亡くなるなんて……信じられないっていうか」
 その尤もな鈴仙の疑問に永琳は声のトーンを変えずに答える。
「考えてもみなさい」
 永琳の言葉は、鈴仙だけではなく地面に(ひし)がれる妹紅にも向けられている。
「不老不死なんて薬が本当に実在すると思う?」
「えぇ……!?」
「これは姫にも黙っていた事です。……蓬莱の薬は、確かに不老不死のような効果を得る薬よ。
だけど、その実態は、命のストックを増やす薬なの」
「命の……ストックですか?」
「そう。不老には違いないけど不死というわけではない。死んでも生き返る、でもその回数には限度がある。
…………限りなく無限に近い有限……のハズなのだけど、どうやら姫はそのストックを使い切ってしまったようね」
「そんな……」
 鈴仙は何も無い広場を見る。そこには、所々に散らばる血痕の他には、何も存在が認められなかった。
「だから、ね。藤原妹紅」
 永琳に名を呼ばれ、ビクリと肩が大きく震えた。
 恐る恐ると言った風に妹紅が顔を上げると、永琳がこちらを見下ろしている。
 その表情には、何の感情も含まれていないようだった。
「さっきも言ったけれど、私個人として貴女を恨むつもりはない。
いつかこの日が来るのは、貴女と姫が殺し合いを始めた日から覚悟はしていました。
……そうね、恨む所かお礼を言いたいぐらいね。
貴女との殺し合いが無ければ姫はもっともっと長い永遠の時を生きる事になったでしょう。
だから、その苦行から姫を助けてくれて、ありがとう。
……最も、これから貴女は一人で生き続ける事になってしまうのでしょうけど」
 永琳が一歩を踏み出す。もうこの場に用は無いと言わんばかりに。
「し、師匠……ッ」
「”鈴仙”。貴女は恨んでもいいのよ」
「え……?」
 普段と違う呼び方をされ、鈴仙は思わず身構える。ふざけている場合ではないという事を否が応でも察しさせられる。
「私個人として姫を殺した女に恨みは無い。でも、それを鈴仙や他の人間に強制するつもりはない」
「私は……、いえ。私はそんな事……」
「そう。まぁ好きにするといいわ。
ねぇ、藤原妹紅。姫が死んだからって次から私を殺し合いに呼ばないでね。
そんな風に代替物にされてはいい迷惑だから」
 その言葉を最後に永琳は去っていく。
 慌てて鈴仙もその後を追い、残ったのは不死鳥どころか雀の燃えカスみたいな妹紅ただ一人だった。

 永琳たちが立ち去ってから半刻ほどして。
 ようやく妹紅は竹に縋るようにして立ちあがり、幽鬼のような弱々しい足取りで住み家へと戻った。
 血と泥に塗れた服を気にも留めず、そのまま布団へ倒れこむと、昨夜からの疲れが思い出したかのように全身を覆って行き、何かを考える前に一瞬にして眠りに落ちてしまった。
 妹紅が目を覚ましたのは、それから四刻ほど後。
 体の節々に疲れを感じながらも起きあがると、ようやく汚れた服を着替えた。
 時間は昼をいくらか過ぎた頃であったが、空腹感など微塵も感じなかった。
 思考が覚めてくると、思い起こされるのはひたすらに輝夜の事ばかり。

―――輝夜が死んだ。
 これは事実。現実。真実。間違いなく死んだ、と八意永琳は言った。
―――死ぬハズが無いと思っていた輝夜が死んだ。
 そも蓬莱の薬というモノを自分も輝夜も完全に理解していなかった。
 リザレクションには限度がある。それが隠されていた真実。
―――なら、私も死ぬ?
 いつかは死ぬのだろう。自分の命が後何個あるのかは解らない。
 今が最後の命かもしれないし、まだ後数百回は死ねるのかもしれない。
 おそらく輝夜と同じぐらい死んできただろうから、思っているより先は長くないのかもしれない。

―――輝夜が死んだ。
 何を今更。散々、殺してきたじゃないか。
―――死ぬハズが無いと思っていた輝夜が死んだ。
 良かったじゃないか。憎き輝夜をこの手で殺したんだぞ。
―――なら、私も死ぬ?
 何を馬鹿な。これからは憎しみに囚われず自由に生きられるんだぞ。
 心配は要らない。この幻想郷ならたかが不老、簡単に受け入れて貰える。
 そう……これからようやく、『私』の真っ当な人生が動き始める……!

 だのに。
 だのに。

 これは一体どういう事なんだろう。気分は最悪。気を許すと吐き続けていそう。
 一番最後に輝夜を殴った拳の感触が消えない。あの時触れた輝夜の肌の……。
「……ッ」
 慌てて拳をもう片方の手で擦る。強く擦る。皮膚が抉れるまで擦る。
 抉る皮膚と一緒に感触を剥ぎ取るように。血と痛みが溢れるが寧ろ好都合。
 今の気持ち悪さに比べたら、たかが裂傷。取るに足らない。
 なんでどうして、自分はこんなにも苦しんでいるのだろう。
 憎くて、憎くて、どうしようもなく憎くて。だから殺して、殺されて、それでも殺して。
 そしてようやく辿り着いた、輝夜の死。
 それは殺し合いを始めた時点で、望んでいた結末だったハズなのに。
 今は、輝夜を殺して……後悔……している?
 これは後悔なのだろうか。
 自身の血に溶けて全身を巡る驚愕と愕然と絶句と狼狽と憔悴と絶望は、全てこの後悔から来るものなのだろうか。
 解らない。どうして怨敵である輝夜を殺して後悔しなければならないのか?
 蓬莱の薬を強奪したあの時……父が辱めを受けたあの時から……輝夜を殺したいと願ってきたのではないのか?
 今までやってきたのは、何のための殺し合いだったのか?
 命を奪い合うあの逢瀬は……本当に殺し合いだったのか?


   ■

「あの、師匠。……てゐや妖怪兎たちには何と言えば……」
 輝夜が死んでから半日が過ぎ、ようやく鈴仙も気が回るようになってきた。
「何も。言う必要は無いでしょう」
 永遠亭に戻ってからの永琳は、誰が見ても普段通りだった。奇妙なぐらいに。
「でも……! 師匠は、姫のお弔いもされないつもりなのですか!?」
「えぇ。する必要はないわ。大体、弔うにしたって棺に入れる遺体が無いしね」
「師匠!!」
 永琳の度が過ぎる冗談に思わず鈴仙は声を荒げる。
「ウドンゲ、藤原妹紅の事だけど」
「………………何ですか」
「毎夜毎夜、姫と殺し合いをして。あの子は何がしたかったんだと思う?」
「…………何を?」
「死んでも生き返る相手を延々と殺して。一体何が目的なのかしらね」
「……殺す事が、目的じゃないんですか?」
「それはきっと手段に過ぎないのでしょう。
殺したいんじゃない。殺す事で何かをしたい……のだと私は思うのだけれど」
「師匠でも、解らないのですか?」
「あら、私は全知全能じゃないのよ。……しょうがないわね、ウドンゲ。耳を貸しなさい。
あ、もちろん聞こえる方の耳よ」
「?」

   ■


「…………」
 初めは、父が侮辱されたからだった。
 輝夜姫に心酔した父は、彼女に求婚し、難題を吹っ掛けられ、失敗し、笑い者にされた。
 それは全て、あの輝夜姫が居たせいだ。
 だけど怒りをぶつけるべき輝夜は既に月に帰ってしまっていた。
 だから、輝夜が遺したモノを富士の山に()べようとする天皇直下の一行を尾行し、事と次第によっては滅茶苦茶にしてやろうと思っていた。
 でも私は、それが『蓬莱の薬』である事を知ると、どさくさ紛れに岩笠を殺して強奪し、その薬を飲んでやった。
 だって、不老不死になればドコまでもイツまでも、輝夜を追いかけていけるから。
 ただその時は私の頭に血が上り過ぎてて、月に帰った輝夜をどうやって追うんだ。という所まで考えが及んでいなかった。
 それから流離(さすら)う事、何百年。
 外見の成長しない私は、同じ場所に留まる事が出来ず、隣人に奇異な目で見られる度に逃げ出しては別の場所へと移り住んでいった。
 そうこうする内に、気付けばこの竹林へと隠れ住むようになっていた。
 それからは気紛れに妖怪退治をしたり、退屈な日々を過ごしたり……と、いかにも不老不死で暇を持て余してます。と言った生活をしていたっけ。
 しかし、ある日。転機が訪れる。
 何と、あの憎き輝夜が同じ竹林に住んでいる事を知ったのだ。
 月に帰ったハズの輝夜がどうして地上にいるのかは解らない。でもそんなのは些末な事だ。
 当時に比べれば大分薄まっていた恨み辛みが、一気に蘇ってきた。全てはこの日のため、そのためだけに私は蓬莱の薬を飲んだんだ。
 早速、輝夜を呼びつけて私の恨み言をぶつけてやった。
 そしたらアイツは涼しい顔をして、「それが何?」なんて言ってきやがった。
 その後はもう組み付いて、血反吐の吐き合いだ。
 私が輝夜憎しと言って殴る度に、アイツも同じだけの力で殴り返してくる。
 なんてオヒメサマだ、と思ったよ。男を手の平で弄んで高笑いする様な女だと思ってたら、とんでもないお転婆だったんだからな。
 それからというもの、私と輝夜は顔を合わせれば殺し合うのが当然の仲になった。
 何百年とそんな間柄を続けていき、その間私は慧音という友達が出来たし、輝夜は鈴仙という従者を増やしたり異変を起こしたり、私に刺客を差し向けたり……。
 これだけ色々な事があっても、私と輝夜の関係は変わらなかった。
 何百年と続けてきた関係が変わる事は無かったんだ。

 今日、この日までは。


   ■

「うわー、兎だー!」
「かっわいいー」
「ねぇねぇ、引っ張らせてー!」
 時刻は昼七ツ(午後三時)。人里にある寺子屋を鈴仙は訊ねていた。
「あーもー! 何で子供って寄ってくるかなー! こんなんだったらいつもの恰好してくればよかった……」
 ちなみに、いつもの恰好というのは人里で薬を売る時に羽織っている大きなローブである。
 耳を見られたくないので、いつもは頭から被っているのだが、今日は薬を売りに来たわけでもないので普段通りの恰好である。
 そのせいで寺子屋の前で遊んでいた子供たちに、こんな風に取り囲まれてしまった。
「ねぇ、先生はいる?」
 わらわらと足元に集る子供の一人に、それとなく聞いてみる。
 寺子屋の中を覗いたが、教卓に教師の姿は無かったからだ。
「せんせーは今休憩中だよ。僕たちに外で遊んできなさい。って言って自分はおやつを食べてるんだー」
 そう言って子供が指差した先は、寺子屋と隣接するように建てられている慧音の家だった。
「そ、ありがと。じゃアンタ達は言いつけ通り遊んできなさい」
 いつの間にか子供の輪からすり抜けた鈴仙は、遠くから手を振っていた。
 子供たちが呆気に取られている隙に、鈴仙は家の戸を叩く。
「もしもし」
「はいはい。今出ます」
 中から現れたのは当然、上白沢慧音。その人である。
「……口に、餡子がついてますよ」
「何ッ!?」
 慧音が慌てて口を拭う。
「嘘です。……本当におやつ休憩だったのね」
「…………」
 無言のまま顔を赤くする慧音だった。
「まぁ、いいんですけど。ちょっとお話が」
「……そうか、まぁどうぞ中に」
「お邪魔します」
 家の中に入り鈴仙が火の点いていない囲炉裏の前に座ると、慧音が饅頭とお茶を出してくれた。
「今日のおやつは饅頭ですか」
「ぐ……。も、もうそれはいいじゃないか。それで、永遠亭の兎さんが改まって何の話だ?」
「えぇ、妹紅さんの事で話が」
「あいつが何かしたのか? ついに永遠亭に火を放ったとかか!?」
「いやいや……流石にそんな事したら、師匠が黙ってませんよ」
「む……そうか。いや違うならいいんだ」
「で、ですね。その妹紅さんが、ウチの姫を殺しちゃいました」
「!?」
 ゴトン! と鈍い音がして、慧音の手から落ちた湯呑が中身をぶちまけながら囲炉裏の灰に中に落ちた。

   ■


 改めて考えると、オカシな話だと思う。殺し合いをし続ける、なんて事は普通じゃない。
 長らく生きてきたせいで忘れてた、命は一つだって事。死んだらそこで終わりだという事を。
 結局、私と輝夜がしていたのは殺し合いなんかじゃ無かったという事なんだろう。
 度が過ぎたじゃれ合い。猫の甘噛みが少し強かっただけの事。
 死んでも生き返るからいいや、って。真剣に相手に死んで欲しいなんて願わずに殺していたんだ。
 それは―――いつからだったんだろう。
 初めは確かに殺したかったハズなんだ。父が辱められ、家名も地に堕ち、憎いがために険しい山にも登って、岩笠も殺して強盗紛いの事をして。
 そういうアレコレがあったからこそ、輝夜と再会した時に、殺し合いをしたんだ。
 それが……回を重ねる度に、段々と……まるで『遊び』みたいになっていった。
 初めはあった殺意もいつしか薄れていった。それでも輝夜と殺し合いを続けたのは……。

 そのとき、家の戸が叩かれた。

 ハッと気付くと既に家の中は暗く、外はもう夜になっていた。
 ずっと考え込んでいたせいで、立ち上がると体の節々が軋んで痛かった。
 薄暗闇の中、のそのそと入口まで歩いていき、戸を開ける。
「妹紅、元気か?」
「慧音……」
 そこにはハクタクの姿をした、友人である上白沢慧音が居た。
「ちょっと付き合ってくれないか?」
「いい、けど」
 今夜は満月。獣人である慧音は、その姿を変貌させる。
 頭には二本の角を生やし、瞳の色も変わる。
 その能力故に満月の夜は忙しく、友人を名乗る妹紅でさえ余り会う事は無かった。
「どこへ行くの?」
「ついてくれば解るさ」
 やがて、行き着いたのは。
「ここ……」
 迷いの竹林の奥にある広場。妹紅と輝夜の出会う場所。
 そして、輝夜の死んだ場所。
「慧音……一体、何しにきたの?」
「妹紅。お前、輝夜を殺したそうだな」
「何で……」
 知っているの? と。
「鈴仙殿から聞いたんだ。それで少し様子を見にな」
「だったら、こんな所に来なく―――」
「それに」
 妹紅の言葉を遮り慧音は続ける。
「お前に灸を据えてやろうと思って」
 ようやく振り返り、妹紅の目を見る慧音の目は酷く厳しいものだった。
「お前は愚か者だな」
「!」
 慧音の言葉が深く突き刺さる。
「輝夜殿には悪いが、良い機会だと思って言わせてもらおう。
妹紅、お前は愚か者だ。……輝夜が怨敵だったのは解っている。
その恨み辛みの深さまでを私が知る事は出来んが、不老不死になってしまえるぐらいには憎かったのだろう。
……私だって人間だ。人を殺してしまう程の憎悪を否定するつもりはない。
だからといって、何度も殺す必要があったのか?」
 仄かな満月の灯りに照らされる広場にて、不死者を獣人が糾弾する。
「お前はきっと輝夜を一度殺した時点で満足したハズだ。何百年、それこそ私が生まれるよりずっとずっと昔に。
なのに、お前と輝夜は殺し合いを続けた。どうしてだ?」
 冷たい風が吹き抜ける。慧音の目は妹紅を見据え、妹紅の目は慧音の目から逃げる。
 俯き加減になった妹紅は、足元の枯れ葉を視線で追いながら、心情を吐露する。
「やっぱり、慧音には敵わないね。
慧音の言う通り、多分私は、最初の一回で満足して、すっきりして、もうそれから恨みなんて無かったんだと思う」
 呟いていく妹紅の声は、どこか自嘲気味だ。
「そうよ、最初は復讐。でも、回を重ねる度に私と輝夜の殺し合いは『遊び』になった。
……殺意ある殺し合いが、いつしか『遊び』に成り下がった」
「それを解っていながらどうして続けた?」
「解らないフリをしていたのは、昔日の恨みを無かった事にしたくなかったから。
私は侮辱された家名の恨みから。輝夜の事情を良く知るわけじゃないけど、きっとアイツは不老不死の憂鬱から。
本来なら殺したその時点で終わるハズの復讐が、死なないから変なカタチで続いていっただけの事。
言ってみれば後に残ったのは憂鬱な虚無感だけで。きっと私も輝夜も、その憂さを晴らしをしていただけなんだと思う。
多分、いろんな意味で私と輝夜は同類なんだと思う。
あれだけ長く殺し合いを続けてこれたのも、どこかで互いに馬が合ったからじゃないかな……」
「そうか……。だがな、私にはまるで二人は『生かし合い』をしているように見えるぞ」
「なんだって?」
「持ちつ持たれつ、というヤツだな。お前たち蓬莱人なりの生きていく術なのかもしれん。
確かに最初のキッカケは復讐だったのかもしれない。だが一度殺して恨みは晴れ、その後も『遊び』に付き合ったのは相手が嫌いではなかったからじゃないのか?
お前は、嫌いな相手と『遊び』続ける事が出来るか?」
「……そう、かもね。あぁきっと私は輝夜の事が嫌いじゃないんだろう」
「それが解ればいいんだ」
 厳しかった慧音の目はやがて優しいものになる。
「そういえば輝夜とは酒を飲んだ事も無かったな……。
今なら、喧嘩なんてせずに酌を注いでやるのも(やぶさ)かじゃないのになぁ……」
 不意に妹紅の視界がぼやける。涙を流しこそしなかったが、下を向けば途端に溢れてきそうで、空を見上げた。
 輪郭を無くした満月が、眼に滲む。
「ホント、不様だよな」
 思わず自虐の言葉が漏れる。
 失って初めて解る大切さ、などという滑稽な真似を自分がやるなんて思いもしなかった。
 今はただ、輝夜の死が悲しかった。
 そして―――殺したのが自分だという事が悔しかった。

「じゃあ、約束を取り付けると良い」

「慧音?」
 どういう意味、と訊ねる前に妹紅の背後で枯れ葉の掠れる音がした。
 ふと振り返り、薄暗い足元を見る。
 そこには。
「痛たた……」
 蓬莱山輝夜が寝そべっていた。
「はぁ……?」
 思わず妹紅の口から素っ頓狂な声が飛び出す。
「お前……本物の輝夜、か!?」
「……なによ妹紅。何でそんなに慌ててるの?
私以外の何に見えるってのよ。死にすぎて頭悪くなったの?」
「なっ……その憎まれ口、本当に輝夜みたいだな」
「なによ。口の悪さじゃアンタには負けるわ。なんたって私はオヒメサマなんだからね」
「やるか!?」
「やってやろうじゃないの!?」
 まさに一触即発の二人の間に、慧音の角が割り込む。
「まぁまぁ。……なぁ、妹紅。ついさっきの言葉、忘れてないだろうな?」
 にやけた笑顔で慧音が妹紅を見る。
「う…………、……はぁ」
 そして、観念したように肩を落とした。
「なぁ……輝夜」
「なに?」
 輝夜の方は良く解ってないので、妹紅の態度を不気味に思いつつ臨戦態勢を構えたままだ。
「あのな、明日の晩。またここで逢おう」
「……いつも通りじゃない」
「ただし酒を持ってな。癪だが……酌ぐらい注いでやるから」
 そう言うと妹紅は走って逃げだした。
「なにあれ、どういうこと?」
「まぁ詳しい事は八意殿に、という事で。それじゃ永遠亭に行こうか」


   ■

「ご協力感謝致しますわ、慧音先生」
「いやこちらこそ。いい加減、妹紅に一つ言いたい所だったんだが、どうにもキッカケが無くてな。
お互い気にしていないとは言え、妹紅は私より遥かに年上だし、私情に踏み込む部分だから言いづらくてな」
 慧音は、輝夜を永遠亭まで送ると、永琳に誘われて晩酌を二人で煽っていた。
 縁側に座る二人の頭上には、燦然と煌く満月が浮かんでおり、手の中で揺れる酒を幻想的に光らせていた。
「始めに鈴仙殿から輝夜殿が亡くなったと聞いた時は随分と驚いたが……。
初めから全部、貴女の芝居だったとはね」
「それほどでもないわ。私も貴女と同じで、姫にはもう少し落ち着いてもらいたかったから」
「だが、今回輝夜殿は蚊帳の外だったのではないか?」
「でも藤原妹紅は違うでしょう? どちらか片方が成長すれば、自ずともう片方もつられて成長するわ。
だから、これでいいのです」
 嬉しそうに永琳が酒を飲み干す。すかさず慧音が次の酒を注ぐ。
「明日の晩は、こうやってあの二人も酒を飲むのでしょうね」
「だといいわね」
「あの……師匠」
 二人の背後から鈴仙が気まずそうに出てくる。
「お話し中申し訳ありません」
「いいのよ。姫はもう寝た?」
「あ、はい。流石にお疲れのようで。湯浴みを済ませたらすぐに床に就かれました」
「そう。それで、鈴仙は何か聞きたそうね?」
「あぅ……」
 永琳には、鈴仙の心情などすっかりお見通しである。
「その、今回姫が亡くなられたというのは……慧音さんが歴史を弄ったから無かった事になったのでしょうか?」
「いや、私は何もしてないよ。ただ八意殿が指定した時間に、妹紅を連れてあの場に行っただけだ」
「そうなんですか?」
 永琳は盆に載せておいた三つ目の御猪口に酒を注ぐと、それを鈴仙に渡した。
「……私が作った蓬莱の薬。それが不老不死という効能を持つのなら、その言葉にどんな偽りも無いのよ」
 悪さをするような子供の笑みを永琳は浮かべる。
「私が現場を見た時、微弱ながら姫の力を感じとったわ。それは確実に何かに作用しているハズなのに、あの場の何処にも作用していなかった」
「……姫のお力というと、何か時間の流れに関する?」
「えぇ。その力は、姫の体自身に作用していた。
おそらく殺し合いの最中に、疲労か何かで暴発したのでしょうね。
そして、藤原妹紅の攻撃によって姫の体は四散した。後はもう解るでしょ?」
 楽しそうに言って自分の酒を煽る永琳。
「姫のお力で、時間の流れが遅くなり薬の力で復活するまで時間がかかった……という事ですか?」
「そういう事。自分の能力で時の流れが遅くなった姫の体は、リザレクションするのに普段以上の時間がかかった。
その場で生き返らなかったものだから、藤原妹紅は姫が死んだと思ったのね」
「……だから師匠は、姫のお弔いも、てゐ達への説明も必要無いと仰ったのですね」
「えぇ、だって死んでないんだもの。棺に入れる遺体なんて存在しないでしょう?」
 くすくすと永琳の忍び笑いが夜の庭に響いた。

   ■


 翌日の晩。
「来たか」
「……一応ね」
 いつもの広場。先に来ていた妹紅は地面に腰を下していた。
「椅子か茣蓙(ござ)ぐらい無いのかしら」
「まぁいいじゃないか。こんな所で作法も何も無いだろ」
「……そうね」
 渋々といったようで輝夜も地面に座る。妹紅の隣ではあるが、少々の間がある。
 きっとこの二人は、ベタベタ慣れ合うよりそのぐらいの距離の方が上手くやっていけるのだろう。
「酒はちゃんと持ってきただろうな?」
「えぇ、この通り」
 永遠亭から持ってきた酒瓶とグラスを見せる。
「それじゃ交換しようか」
「えぇ?」
「ほら早くしろよ」
「ちょ、ちょっと」
 無理やり妹紅が持ってきた酒を輝夜に持たせると、代わりに輝夜が持ってきた酒を妹紅が頂く。
「何なのよ、昨日といい今日といい。
永琳達はニヤニヤするだけで何も教えてくれないし。妹紅は何だか気持ち悪いし」
「失礼な奴だな。ほらグラスを持て、注いでやるから」
 輝夜の持つグラスに並々と酒が注がれ、妹紅も自分のグラスに注ぐ。
「それで、いきなり晩酌なんてどういうつもりなの?」
「そうだな……なぁ、輝夜。もしもの話なんだけど」
「何?」
「私が死んだら、お前はどう思う?」

 そうして妹紅は語っていく。輝夜が死んだと思ってから自分が考えた事を。
 悲しいと思った事。激しく後悔した事。
 今までしてきたのは『殺し合い』じゃなくて『生かし合い』だったんじゃないかという事。
 自分の気持ちを語るのに気恥かしさはあったが、それも輝夜が持ってきてくれた旨い酒のお陰で饒舌に語る事が出来た。


 やがて話が終わる頃には、お互いがお互いのグラスに酒を注ぐようになっているのだった。





 頑張って苦手な心理描写をメインに据えてみました。
 てるもこ話としては……うーん、まぁ有り勝ち。。。なのかなぁ。
 続きはあとがきBlogで。

 あとがきBlog:蓬莱人が死んだとさ