「どうしたら、貴女のように恰好良くなれるの?」
紅い悪魔の棲む館。通称、紅魔館に一人の赤い眼が訪れていた。
「唐突ね」
赤い眼……鈴仙・優曇華院・イナバが、この紅魔館を訪れたのはそこで働くメイド長に会うためだった。
仕事の手を止め、休憩がてらお茶でもといった席で開口一番鈴仙は彼女に訊ねた。
どうしたら貴女のように恰好良くなれるの、と。
「私は、至極真面目に聞いてるんです」
「いきなりそんな事を言われたら面食らうわよ。私は自分が恰好良いだなんて思った事は余り無いから。……んー、働く女性は恰好良いって言うから、そんな感じじゃないかしら?」
考えてみてパッと思いついた適当な事を咲夜は答えた。
「で、でも私だって師匠の元で弟子として日々働いてますよっ」
頭上の兎耳をピンと立て、鈴仙は反論した。
「そう言われても……。あ、美鈴!」
美鈴も休憩時間なのか、丁度通りすがったのを咲夜が呼び止めた。
「何ですか、咲夜さん?」
「ちょっとそこに立ってみて」
首を傾げながらも美鈴は言われた通り、二人が座るテーブルの近くに立つ。
そして、咲夜も同じように美鈴の隣に立った。
「鈴仙、私も美鈴も働く女性だけど、どっちが恰好良い?」
ジーっと品定めでもするかのように、二つの赤い眼で咲夜と美鈴を比べ見る。
両者とも紅魔館で働く女性である。気質なのか、紅魔館の教育が行き届いているのか、二人ともシャンと背筋を伸ばして立っている。
身長は美鈴の方が高く、ともすれば姉妹に見えるかもしれない。が……。
「……7:3で咲夜って所かしら」
突然呼び止められ、訳の解らないまま立たされ、挙句恰好良くないとまで言われた美鈴は絶望に打ちひしがれた。
壁の隅っこで「の」の字を延々と書いて暗い帳を纏う。
その様を勝ち誇った表情の咲夜はしれっと無視し、元の席に着く。
「ま、働いてて尚且つ仕事の出来る方が恰好良いって事ね。私は自分を客観的に見たりしないから何故自分が恰好良いのかなんて解らないけど、他の人にも色々聞いてみたらいいんじゃないかしら」
そう言って、咲夜は紅茶を飲み終え仕事に戻っていった。
「……仕事の出来る女性は恰好良い、でもそれだけじゃない、か」
よし。と息巻いて鈴仙は紅魔館を後にした。
その後休憩室に残された美鈴は、四九五個目の「の」の字を書いたあたりで咲夜に叩き出された。
「今夜は兎鍋じゃないですよ?」
「自ら材料になりに来る兎は居無いっ!」
冥界。白玉楼。その中庭。庭木の剪定をする妖夢を呼び止め、仕事をしながらでいいなら、と鈴仙は話を始めた。
「そういうわけで、貴女も中々に恰好良いと思うのだけど。どうすれば恰好良くなれるのかしら?」
「恰好良くなりたいのですか?」
「えぇ、まぁ」
妖夢は一度刀を鞘に納め、切り落とした枝を拾い集めつつ、鈴仙の質問に対する答えを考える。
まず自分を恰好良いと鈴仙は言ったが、一体どこらへんが恰好良いのだろうか。
恰好良いと評してくれた事それ自体は悪い気はしないが、まだまだ自分は半人前な修業の身である。
それでも尚恰好良いと言うのなら、それは…………。
「見た目、ではないでしょうか?」
そう言って、妖夢は腰に差している刀に触れた。
「私はこうやって刀を二本携えています。さっき訪ねてきたという紅魔館のメイド長も銀ナイフを扱いますよね。多分、そこが恰好良さの一つではないかと」
妖夢の言う通り咲夜はナイフを使い、彼女自身は刀を武器とする。そしてさきほどの門番は武器を使わない。
なるほど、と鈴仙は頷く。考えてみれば先の地震騒動の時も自分だけが武器を持っていなかった気がする。
他の人はみーんな、何かしら持っていた。
何故か見た目より長い気がする棒だったり、鈍器のような魔法の箒だったり、ナイフと刀はいわずもがな、他にも人形とか羽とか扇子とか本とか傘とか団扇とか瓢箪とか大鎌とか袖とかバールのような剣とか。お陰でリーチの差に随分と苦戦したものだ。
これはもしかしたら、意外と重要な事かもしれない……!
「ありがとう妖夢! これお礼にあげる! それじゃ!!」
まさに脱兎の如く、喜び駆けながら鈴仙は帰って行った。帰り際、押しつけられたのは月見団子だった。
「はぁ。お役に立てたようで……」
遠ざかっていく鈴仙の背中を見送りながら妖夢は呟き、そして仕事に戻った。
「今夜は兎鍋だな」
「だから! 自分から材料になりにくる兎なんて居無いっ!」
「ここに居るじゃないか」
跳ねるように冥界を飛び出し、永遠亭に戻る途中の道。
竹林の中で藤原妹紅と衝突事故った。嬉しさの余り見通しの悪い竹林の中を夢中で駆けていた鈴仙が10:0で悪かった。
「ったく。何だってまぁ兎みたいにピョコピョコ飛び跳ねてたんだよお前」
藤原妹紅は、鈴仙の一応の主である輝夜の文字通り永遠のライバルだ。……だからといって鈴仙と妹紅が積極的な敵対関係にあるというわけでもない。
「……そういえば、あなたもまぁまぁ恰好良い部類ね」
「はぁ?」
鈴仙の意図が解らず、疑問符だけが妹紅の口から出る。
「というわけで一応聞いてみるけど、貴女は何で恰好良いの?」
「…………は?」
数秒、言葉の意味を考えるもやはり口を衝いたのは疑問符だった。
「いや、だからね。貴女が恰好良いのは何故なの?」
紅魔館と白玉楼を巡って得た答えの欠片。それは、『働いている』という事と『武器を持っている』という事。
その両方を妹紅は持っていない。だけど、恰好良い。
いや竹林の案内人という仕事と、炎という武器を持っていると言えなくも無いが、咲夜や妖夢と比べるとイマイチ違う気がする。
「んー……私は別に恰好良くないぞ」
とりあえず今までの経緯を鈴仙から聞いて、妹紅から返ってきたのはそんな言葉だった。
今までの二人のように何か適当な理由を見出すのではなく。
「そんな事はないと思うけど」
「それはお前が勝手にそう思ってるだけだ」
多少ぶっきらぼうに妹紅はそう答えた。
「でも、私は……恰好良くなりたいから……」
「あのなぁ……」
竹に背を預けて妹紅は面倒くさそうに言う。
「お前は私の事を恰好良いと言う。同じように、悪魔の従者も恰好良いと言うし、半霊の庭師も恰好良いと言う。でもそれは全部お前から見た私たちの評価だろ?
私は、別に自分を恰好良く見せようとしてるわけじゃない。私はあくまで自分の思うがままに生活をして、それを見たお前が『恰好良い』と評してるだけだ。
自分が『こうありたい』と願うのは良い事さ。でも、それを評価するのは他人なんだよ」
妹紅が溜め息を一つ吐く。まるで煙草でも吸っているみたいで、その仕草もまた鈴仙にとっては恰好良いと思えた。
そう。恰好良いと思うのは、あくまで鈴仙という他人。妹紅は自分の事を一切恰好良いなどと思っていないし、恰好良く見せようともしていない。
「思うがままに生きて、それで他人から何らかの評価をされるのは嬉しい事さ。それが良い評価なら尚更だ。だから、お前も自分の思うように生きればいいじゃないか」
「でも……何だか釈然としないっていうか……」
「すぐに何とかなるってわけでもないよ。仕事が出来て武器を持ってりゃ恰好良いかもしれないと思うならそうするのも大事だ。本当にそれが恰好良いって事に繋がるかもしれないからね。それが似合わないと思うのならまた別の道を探せばいい」
竹から背を離し、後ろ手にじゃあなーと妹紅は竹林の奥へ消えていった。
鈴仙はさっきまでとは真逆に、ゆっくりと永遠亭への帰路を行く。
その足取りは重くも軽くもなかった。
「師匠、ただいま戻りました」
夕食の準備のため台所に入ると割烹着姿の永琳が既に調理を始めていた。
自然、鈴仙はそれを手伝う形となる。
「お帰り優曇華。憂さは晴れたかしら?」
「憂……うさー」
いや何を言っているんだろう。違うそうじゃなくて。
「師匠にはお見通しですか」
「そりゃね。急にお休みを下さいって言われて、あげたらあげたで飛び出てくんだもの。
てゐに聞いたわよ。相変わらず兎たちが言う事を聞いてくれないんですって?」
「はい。まぁそんな所です。兎たちが言う事を聞いてくれないのは、私に威厳が無いからかな……って」
若干しょぼくれつつ、永琳が茹でていたほうれん草を鈴仙が刻む。
「それで恰好良さを求めて幻想郷を飛び回ったってわけね」
魚を煮つつ、しれっと永琳が言い放つ。
「何でそんな細部までご存知なんですか!?」
思わず、ほうれん草を切る手が止まった。
「さっき妖夢が来たのよ。月見団子と何だかよく解らないけど恰好良いと褒めてくれたお礼に、って桜の花の塩漬けをもらったわ。その時に聞いたの」
「あ、あれは場所が場所だったからお供えの一つでも持っていった方がいいかな、と思って……」
気恥ずかしさに鈴仙の兎耳がしおしおと目の前のほうれん草のようにしな垂れていく。
「だって、幻想郷で誰かを従えてる人は皆恰好良い人たちばかりだから……それに主だけじゃなくてその従者の方も恰好良い人ばかりで、それなのに私は……」
それなのに私は、有能な訳でも無く、ましてや恰好良さなど欠片も無くて……。
例えば紅魔館の吸血鬼や白玉楼の亡霊姫。彼女らには威厳や恰好良さ、カリスマといったモノがあって、それは永遠亭の姫様と師匠にも同じ事が言える。
もちろん、師匠達に匹敵するだけの威厳が自分に備えられるとは思っていない。
だけどレミリアも幽々子も、その本人だけではなくて、従者たちにも十二分に威厳や恰好良さといったものがある。だというのに、永遠亭の主の従者……即ち鈴仙・優曇華院・イナバには、そういったものが無い。
妖怪兎が自分の言う事を聞かない事、そして他の従者たちと比べて自分には恰好良さが無いため主の汚点となっているのではないかという後ろめたさ。
それが、今日の奔走に繋がった。
「……優曇華、言いたい事はそれだけ?」
ひとしきり鈴仙の自虐を聞き終えた永琳は、表情を変えず出来上がった煮魚を皿に移した。
「私……師匠のお顔に泥を塗っていませんか…………?」
結局は、それだけが鈴仙の不安だった。
永遠に寄り添うこの屋敷で。永遠より外のモノを知って。自分の身の程を知って。
自分は、この永遠亭で仕えていてもいいのか、と。
「そうね……。優曇華がダメな子なのは今更だし、小難しい事や堅苦しい事を言うつもりはないけれど……。
私はね、『恰好良さ』を求めてあちこち走りまわったり悩んだりする優曇華を少しだけ恰好良いと思っている。私にはもう無いものだからね。そうやって悩んで成長しようとするのが貴女の良い所って知ってた?」
「師匠……」
「さ、みんなでご飯にしましょうか」
「はい!」
その後、いつも以上に仕事を頑張ったり、永遠亭の物置にあったライフルを持ち歩いてみたりしたものの、兎たちが言う事を聞くようにはならなかった。
それじゃあ次はどうしたらいいのかを考えてみよう。
鈴仙はそうやってまた悩んでいくのだった。
そうする事で、恰好良いと思われるような自分になれるのだと信じて。