侍魂「魔法剣ミラクルソード」 (末投稿)


 両者の間合いは、僅か三間(約5メートル)。その三間こそが二人にとって絶対の領域だった。
 一歩踏み込むには微量足りない間合い。同時に踏み込めば互いに切先が届く間合い。

 先に踏み込めば先に斬られ、同時に踏み込めば攻撃速度が物言う世界となる。
 そうなれば、熟練にして本職である相手には勝てない。と一方の少女が読む。
 先に踏み込ませれば先に斬り、同時に踏み込めば攻撃速度が物言う世界となる。
 そうなれば、付け焼刃にして内職である相手に勝ちは無い。と一方の少女が読む。

 夢幻の桜が舞い落散る白玉楼の庭先で、白銀煌く日本刀を構えた少女が二人。
 いざ、尋常に……。



   侍魂「魔法剣ミラクルソード」



「河豚毒」
「フグ毒……何か、縁起悪い名前だな。
どうせなら、レイジングスターライトハートストームソードブレイドとかにすればいいのに」
「日本刀にそんなハイカラな名前を付けてどうしたいんだい、君は?
それにソードとブレイドで意味が被ってるよ。語呂も悪いし。大体、僕に聞かずとも柄に銘が刻んであるじゃないか」
 霖之助が指さす先には、確かに『河豚毒』と刻まれていた。
「おお、気付かなかったぜ。というか、気付いてたけど私にゃ読めないぜ。随分擦り切れてるし、字体が古臭いからな」
「そうかい。それにしても、こんなモノ一体どうしたんだい?」
「拾ってきたんだよ。家の中から」
「……そうかい」
 概ね予想通りの答えだったので霖之助はそれ以上何も言わなかった。
「んじゃな、香霖」
 ガシャン、と鉄を克ち鳴らしながら、刀を腰に結びつけた魔理沙は香霖堂を後にした。
 向かう先は冥界。そして、白玉楼。もっと言うと、幽冥の庭師の元。

「剣術指南ん?」
「おう。もちろん月謝は出すぜ」
「月謝って……一ヶ月以上やる気ですか!?」
「んにゃ。来週の宴会に間に合わせるから一週間だな。お、そうなると週謝って言った方がいいのか?」
「単に謝礼でいいと思いますけど……ってそれより、一体全体どういう事なんです?」
「まぁようするに、来週の宴会の余興として、私とお前で剣術の大立ち回りといこうじゃないか」
 既にちらほらと白玉楼の桜は花を咲かせていた。
 もうあと一週間もすれば……つまり、来週の宴会の時には満開に近い桜が拝めるだろう。
「桜と刀、絵になるじゃあないか」
「……大立ち回りという事は、殺陣でもやるんですか?」
「基本的にはそうだな。だが、何事も真剣でなければつまらんだろ?
それに私は素人同然だしな。練習も本番も、お互いに真剣を使ってやるぜ」
「……えー」
 それとなく、やんわりと、どことなく、それでいてそこはかとなく、否定の声色を出してみるが魔理沙は意に介さない。
「ま、モノは試しだ。何でもやってみるもんだぜ!」
 剣術素人の霧雨魔理沙と、庭師で剣師の魂魄妖夢の戦いはその時から始まったのだった。


 当初、妖夢は「どうせ三日もすれば飽きて止めるだろう」なんて思っていた。
 だが、相手はあの霧雨魔理沙。こと努力する事にかけては天才だった。
 一日目は真剣の重さに慣れる事から。
 二日目は重心や構えの大切さ。
 三日目は足捌き。
 日を重ねる毎に、魔理沙は上達していく。普段から剣を扱う妖夢の目から見てそれは確かだった。
「……はぁ、幽々子様もこのぐらい熱心だといいんですけど」
「そういえば、幽々子の剣術指南役でもあったな。お前は。
ところであの亡霊嬢は何でお前に剣を習っているんだ?」
「幽々子様の場合は、精神修行という名目が強いですね。責任ある立場ですから、妖怪特有の精神の弱さを出来るだけ克服しなくてはいけないのです。
そのため、剣術を習う事によって精神を鍛えているんです」
「ほぉ。なら、アイツは剣を持っても強くないのか」
「愚かですね。
そりゃ剣を持つコト自体が強さにはならないかもしれませんが、地力が十分お強い方ですから、真剣勝負でもしようものなら、貴女は一瞬でバッサリですよ」
 それに……、と妖夢は付け加える。
「教えているのは誰だと思ってるんです?」
「そらごもっともだな……」
「ただ性格が蝶の様と言いますか、奔放な方ですので、余り熱を入れて稽古をなされないんですよね……」
「ふん、才能があるヤツは何とも緩慢で傲慢だな」
「それだけの器量があるという事ですよ。さ、嫉妬してる暇があったら稽古に励みましょう」
「やれやれだぜ……」

 それからも稽古は続き、とうとう宴会前日。

「やっぱ殺陣は止めにしよう」
 今日の稽古をしようという直前、魔理沙がそんな事を言った。
「よくよく考えたら一週間ばかり稽古した所で、私がお前に勝てる通理は無い。
それならば、お互いに真剣勝負をしてホンモノを見せつけてやろうじゃないか」
 魔理沙が本気を出した所で、剣術勝負なら妖夢が勝つのは目に見えている。
 ならば真剣勝負をした所で勝ち負けは揺らがないし、妖夢の力量なら間違いが起こるハズも無い。
「別にいいですけど、ケガしてもしりませんよ?」
「そっちこそな。そういうワケだから今日の稽古はこれで終わりだ。一週間有難うな。明日の勝負、半霊でも洗って待ってろよ!」
 叫ぶだけ叫んで魔理沙は飛んで行った。
「……いいけど」
 その場に残された妖夢は、首も半霊も洗うワケもなく。稽古に時間をとられて、ここ一週間出来なかった庭木の剪定に取り掛かった。
 絶対の余裕を気取っているワケではないが、事実として魔理沙に負けるような事はないだろうと無意識で思っていた。

 翌日。
 桜が舞い落散る白玉楼に、多くの人妖が集まった。
 とりわけ場所柄か幽霊が多く、いつも通りに騒霊樂団も呼ばれていた。
 だが、彼女らの演奏はまだ始まっていなかった。いつもなら開宴前から響く楽音も、今日この日ばかりは無音だった。
「ぶーぶー。ねぇ、姉さん。早く演奏しようよー」
 騒霊楽団、三女のリリカが文句を垂れる。それを長女のルナサが窘めた。
「静かに……。貴女も音楽家なら、無音も奏でられるようにしなさい……」
 意味解んないー、とリリカはなおも不満を漏らすがそれでも我慢はするようだ。
 敷き並べられた茣蓙(ござ)に参加者は思い思いに座っており、そのどれもに桜の花びらが同席している。
 見事に乱れ咲いた桜を満足げに眺めながら、幽々子は自分の席へと座った。
 同じ茣蓙には、霊夢や紫が座っていて、皆一様に一点を見つめていた。だが彼女たちが見ているのは、桜ではない。
 茣蓙の並びから少し離れた位置に敷かれた、赤い絨毯。
 ソレは武舞台だ。
 武舞台の一端で、刀を据え置き座して待つ妖夢。
 桜の花びらが髪や肩に乗っているが、意にも介さず目を閉ざして待っていた。
 何を?
 相手を。
 やがて、何かの拍子に場がシンと静まった。
 天使が通る、と揶揄されるがこの場で通ったのは何だったのか。
 ひそひそ声さえも途切れ、桜の舞う音が聞こえてきそうな錯覚に陥りそうになる。
 しかしそれも長く続かず、無音を割ったのは、魔理沙の足音だった。その音を聞き妖夢は静かに目を開ける。
 彼女の目に映った霧雨魔理沙は普段の色彩そのままに、この場に相応しい出で立ちをしていた。
「あれって私が昨日あげた緋袴じゃない……!」
 魔理沙の姿を目にした霊夢が思わず呟いた。
「あらそうなの? にしては腋が出てないじゃない」
「昨日、魔理沙がウチに来て普通の巫女服を寄越せ、って言うからアレをあげたのよ。押入れの奥底からね。
ってか、黒に染めてるし。ったく返す気はハナから無いのね」
 魔理沙の恰好は、上は白、下は黒の袴だった。
 急いで染めたからか、魔法をしくじったのか。黒色の端の所々に元の緋色が少し見えていた。
「……待たせたな」
 既に刀を腰に下げ、立ち上がっていた妖夢に声をかける。
「慣れない服なんか着て、転げても知りませんよ?」
「悪いが魔女の色を着た私にそんなドジは許されないんだぜ」
 スラリ、と鞘から刀を抜く魔理沙。
「いくぜ銘刀・河豚毒。さぁてバッサリいくか、だぜ……!」
「―――捨てましたね。鞘」
「あん?」
 魔理沙は刀を抜いた際、鞘を腰に下げず赤絨毯の外に放り出していた。
「それがどうした?」
「戻る処を失った刀に、勝利はありません。その事を……身を以って教えてあげましょう」
 ゆっくりと。妖夢は腰に下げた鞘から、白楼剣を抜く。
 魔理沙は一番スタンダードな中段の構え。
 対する妖夢は切先を後ろに逃がすようにし、姿勢を低くする構え。

 両者の間合いは三間。
「いざ……」
 桜が白銀の刀身に反射る。
「尋常に……」
 最後にカチリと両者が柄を握り直し。
「「勝負!」」

 瞬間、斬り込んだのは妖夢の方だった。
 始まりは間合いをじっくりと詰め、機を窺うと誰もが思っていただけに、それは奇襲の一撃だった。
 だが、魔理沙はそれを読めていた。その奇襲は魔理沙の作戦の一つだったからである。
 それでも魔理沙はその奇襲を使わなかった。正確には使えなかった。
 何故かというと……、単に同じ事をやろうと思ったら妖夢の方が早く動いたからである。
 妖夢の初撃は、体全体を回転させての横合いからの斬戟だった。
 剣道で例えるなら胴。
 魔理沙は咄嗟に刀を合わせる。ギィン! と耳を劈く音を響かせ、妖夢の剣を止めた。
「いい反応です」
「天性の才能だぜ」
 そのまま受けた剣を弾き、今度は魔理沙が刀を振るう。
 基本に忠実な摺り足と振り下ろし。
 傍目には絶え間ない怒涛の連撃。それを妖夢は難なく受け止め続ける。
「振りが甘いですよ」
「敵に指導たぁ、余裕だな!」
 痺れを切らした魔理沙が一際大きく刀を振り上げる。
「甘いと言った!」
 その隙を妖夢は逃さなかった。ガラ空きの胴へ加減した、しかし鋭い一撃を放つ。
「……へっ」
 しかし白楼剣が斬ったのは、魔理沙のシニカルな笑いと、何も無い空宙のみだった。
「なっ!?」
 魔理沙は大きく振り上げた直後、刀から手を離し、勢いよく屈んでいたのだ。
 屈んだ魔理沙の頭上を白楼剣が掠めていき、妖夢に大きな隙が出来る。
「これでも喰らいなァッ!」
 直後、僅か宙に浮き落ちてきた刀を手中に戻した魔理沙が、隙だらけの妖夢に背後から斬りかかり……。

 ヒュン、と風斬音を魔理沙は聞いた。

 その音が耳に届くと同時に、魔理沙は持っていたハズの刀を失っていた。
「あれ……?」
 不思議に思い自分の手を見つめると同時、魔理沙の背後の地面に刀が突き刺さる。
 妖夢の刹那に満たない一瞬の斬戟によって弾かれた河豚毒が、宙を舞った後に落ちてきたのだ。
「……ちっ、これじゃ負けだな」
 魔理沙は大人しく両手を上げて降参のポーズをとった。
 妖夢は静かに、”二本の刀”を鞘に納めた。
「いえ、私の負けです。まさか楼観剣を抜く事になるとは思いませんでした。
死合ならいざ知らず、勝負としては私の負けですね……」
「……なら、痛み分けって事にするか」

 かくして殺陣もどきの真剣勝負という名の余興は終わり、後はいつものように酒に泳ぐ宴会となった。
 長い間我慢していた欝憤を晴らすかのように、騒霊楽団の演奏はいつも以上に熱の入った音だった。
「あんたに剣の才能があるとは思わなかったわね」
 そのままの黒白袴の恰好で霊夢の隣に座った魔理沙は、酒を旨そうに煽った。
「まぁな。でも剣はもうこりごりだ。摺り足のせいで足は痛いし、手も血豆をいくつ作った事か……」
 ほら、と言って掌を見せると霊夢はうわぁ、と素でヒいていた。
「とはいえ、半分は妖夢の稽古の賜物だぜ。なぁ、妖夢」
「そうですかね。それならいいんですけど……」
 魔理沙の隣に座る妖夢はどことなく落着きが無かった。
 というか、脅えていた。その目線の先は……幽々子。
「妖夢」
「はいぃッ!」
 名を呼ばれ、あられも無い声が出た。
「窮鼠猫を噛むってご存知?」
「す、すみません!」
「妖夢」
「はいぃッ!」
「妖夢」
「はいぃッ!!」
「妖夢」
「はいぃッ!!!」
「……完全に遊んでるだけだろ、アレ」
「そうね」
 やはり自分には刀よりもマスタースパークをぶっ放している方が性に合うと魔理沙は改めて認識した。
 だが、刀が嫌いになったわけではない。
 間合いを測る時のあの緊張感は少し病みつきになりそうだ。
「刀とマスタースパークの合わせ技……」
「何か言った、魔理沙?」
「別に何でもないぜ」
 こう、刀身からレーザーを……。いやそれじゃあ刀である意味がない。
 ならレーザーを刀のカタチに……伸縮自在で……微量だが属性を付与させて……。
 …………魔法と……剣……、魔法剣? ……これはッ!!

 酒に溺れていく頭で、新たな算段が練られていくのであった。





 創想話未投稿の小話を一つ。投稿しなかったのは特にヤマもオチもイミも無い話だったから。
 言うなら、落書きの乱れ書きのようなモノ。
 元ネタ……というかリスペクト元は、SNKのサムライスピリッツ。

 やりたかったのは、剣で妖夢に勝つ魔理沙という展開。
 ただ本当に勝つのはどうあっても無理なので、『勝負に勝って試合に負けた』的になりましたが。
 日本刀と桜。絵になると思いませんか?
 少しでもその情景を文章で表現できていたらいいのですが。
 あとがきBlog:「侍魂「魔法剣ミラクルソード」」