マボロシマリサ (真型・東方創想話 作品集63投稿「幻の霧雨魔理沙」改題)


 第一発見者は、暇を持て余して家に遊びに行った博麗霊夢だった。



   マボロシマリサ



 もし日記を書く習慣があったなら、数十ページは『平和だった。』の一文で済まされるであろう日々が続いていた。
 迷惑な神社への来客は、何かの偶然でぱったりと少なく、暇で暇でしょうがなかった。
 今までなら、この暇な日々に我慢の限界が訪れる直前に、魔理沙が一人なのにガヤガヤと効果音を連れ添って神社におしかけてくるのだが、それも無い。
「ったく、魔理沙のヤツ……」
 一人で勝手に魔理沙に怒りをぶつける霊夢は、向こうが来ないのならこちらから行ってやろうと思い立ち、幻想郷の空に飛び出した。やがて霊夢は魔理沙の家に辿り着く。戸をノックしてみるも返事は無し。留守なのかと肩を落とし帰ろうとした時、家の中から物音がした。
 ……それは後になって思えば、何かが床に落ちるような音だった。
「なんだ、魔理沙のヤツ居るじゃない。居留守だなんて失礼しちゃうわ」
 立ち去ろうとした足をくるりと反転させ、再び家の戸をノックする。
「魔理沙ー、居るのはバレてんだから、さっさと開けなさいよー!」
 ドンドン、と一際力強く戸を叩く。だが、待てども待てども魔理沙が観念して戸を開ける様子はない。
「何よ。そんなに私の顔を見たくないってわけ?」
 こうなったら意地でもこの顔を見せてやろうじゃないの、とドアノブに手をかける。
「あばかむっ!」
 博麗の巫女に代々伝わる奇妙な掛声と共に、ドアノブに流し込まれた霊力が何らかの魔的な働きをした結果、ガチャリという音と共にロックが外された。
「さぁて、魔理沙はどこかしら〜」
 まるでコソ泥みたいに、本物のコソ泥の家に忍び込む霊夢。
 そろりそろりと神妙な足取りで、やがてリビングに辿り着いた。戸の隙間からこっそり中を覗き見ると……、魔理沙の黒い帽子が床に落ちていた。
「……?」
 何であんな所に帽子が落ちているのだろう、と不思議に思い、更に視線を巡らせると……。
「!」
 リビングの床に力無く倒れている霧雨魔理沙が発見された。

 第一発見者は、まず魔理沙の息がある事を確認すると彼女をすぐそばのソファに寝かせ、近所に住むアリスの所へ行き、事情を説明。アリスに魔理沙を見てもらい、自分は永遠亭へと急いだ。すぐさま、医者とその助手が霧雨亭へと向かい、魔理沙の治療と相成った。
「…………」
「…………」
 霊夢とアリス。二人の沈黙がリビングを支配する。
 魔理沙は二階にある自室のベッドに運び込まれ、永琳が診ている。二人が手伝えるようなコトは何も無い。
 ただひたすら診療の結果を待つのがこんなにも息苦しく心苦しいものなのだと、二人は初めて知った。
 ……それほどまでに、霧雨魔理沙という人間の存在が大きかった。

 ―――カチ、カチ、カチ、カチ。時計の刻む音が一際大きく耳に響く。
 魔理沙の容態は、素人の二人には全く見当もつかない。息はあるが意識は無かった。病状とは別に倒れた時にどこかを打ったかもしれない。早く説明の一つでもしてくれればいいのに、肝心の永琳は未だ魔理沙にかかりきりだ。もしかしたら、命の危険があって必死の治療をしているのかもしれない。
 或いは、死亡診断書を書いているのか……。
「ッ……!」
 思考が堕ちていくのを止めるために、頭を振った。「自分らしくない」と霊夢は思う。
 どんな時でも、こんな時でも、何でもないように振舞うのが自分だったはずなのに。
 そう、振舞えると思っていたのに……。いざ、現実こうなると、こうも取り乱すのか。
 魔理沙ならきっとそんな自分を笑うだろうな。巫女にも人間らしさが残ってたんだな、とか言って……。
「魔理沙……」
 その時、リビングの戸が開かれた。
 ハッとしてアリスと二人、部屋の入口へ視線を向けると、永琳と鈴仙が立っていた。
「……大丈夫、命に別状は無いわ」
 待ち望んでいたその一言に、どれだけ救われただろうか。安堵の溜息と共に、肩の力が抜けていくのが自分でも解った。それは向いのソファに座るアリスも同じようだ。
「鈴仙、台所を借りてお茶を入れて頂戴」
「あ、はい」
 さて、と永琳もソファに腰を下ろす。
「そうね。まずは魔理沙の容体から。今言った通り命に別状は無いわ。突発的に意識を失って倒れてしまったけど、特に強く頭を打ったわけでもなし。しばらく安静にしていれば体調も元に戻るでしょう」
「でも、意識を失う程の病気なんでしょ……?」
 アリスが恐る恐ると言った風に訊ねる。
「そうねぇ。病気と言えば病気なんだけど、特に病名があるわけではないわ。治療に関しても特効薬は無い」
「どういうコト?」

「患者の病はね。……心労なの」


「それじゃあ」
 今夜限りは面会謝絶で、鈴仙が家に残って魔理沙を看るというので、アリスと霊夢は帰る事となった。
 家の前でアリスと別れた霊夢は……少しだけ神社に向かって飛んだ後、百八十度方向転換をし、霧雨亭へと引き返す。
「はい、おかえりなさい」
「……私だけと話をしたい、ってそんな事を魔理沙が言うなんてね。わざわざアリスを除け者にしてさ」
 魔理沙の家を出る時に永琳にこっそり耳打ちされたのだ。『魔理沙が霊夢とだけ話をしたがってるから途中で引き返せ』と。
「難しいのよ色々。心労っていうのは、字面通り『心の病』なの。だからなるべく、患者の心に負担をかけないようにするのが医者としての務めであり、治療なのよ」
「そ。じゃ、ちょっと魔理沙に会ってくるわね」
 適当に切り上げて、階段を昇る。無意識の気遣いから、なるべく足音を立てないように部屋の前まで来た。
 戸を目の前にして一つ息を吐き、控え目にノックをする。
「魔理沙。私よ……入っていい?」
 あぁ何だか自分のキャラじゃないな。などと思いつつも、どうしても神妙にならざるを得ない。
 あまりいつもの調子で騒いでも、病気には勝てないと解っているから。
 …………だとしても、あの魔理沙が心労だなんて。倒れてしまう程の悩みを抱えていたとは到底思えない。
 普段からあっけらかんとして、明朗快活という言葉がよく似合う性格だのに。
 それなりに顔を合わせていた自分はそれに気付いてあげられなかったのか……。
「…………どうぞ」
 やがて部屋の中から返事があった。その言葉に従い、これまたゆっくりと戸を開ける。
「魔理沙、具合はどう?」
「悪くはない、です」
 …………です?
「えっと、私と話をしたいって聞いたんだけど」
「はい。霊夢には……霊夢だけには、ちゃんと話をしておこうと思って」
 …………おかしい。何だろう? この魔理沙は何か変だ。
 確かに、病床という余りお目にかかれない状態ではあるものの、それだけの事でこうも人が変わるだろうか?
「私だけには、ねぇ。
アンタが私の事をそれぐらいに友達だと思ってくれてたのは、素直に嬉しいけどね。
それで、何を話してくれるの?」
「……私、嘘を吐いてたんです」
 やはり、この魔理沙はですます調で喋るのか。などと思ってしまったのは別に魔理沙の嘘が今更の事ではなかったからだ。
 この段階ではまだ霊夢の思考は冷静に巡っていた。
「何よそれ。嘘ならいつも、まるで呼吸をするが如く吐いてるじゃない」
「いいえ、そうじゃないんです。……その、今のこれが本当の私というか……霊夢やアリスさんが知る明るい私……それ自体が嘘なんです」
 “アリスさん”、なんて本人が聞いたら泣いて悲しみそうだ……。ってそうじゃない。
「どういう……コト、なの?」
「ですから、いつも笑ってて迷惑を振りまいてる『霧雨魔理沙』は作りモノなんです。私が必死に猫を被ってたんです」
「…………」
 ようやく、彼女の言う『嘘』が何なのか解ってきて、霊夢は言葉を失った。
「最近になって段々、嘘を吐き続けるのが辛くなってきて……それで霊夢の事も少し避けてて神社にも行けなかったんです。でも、今日霊夢がウチに来た時、びっくりして辛いのが一気に押し寄せてきて、それで倒れちゃったんです……」
 目の前でベッドに座る、まるで深窓の令嬢みたいな女の子は一体誰?
 彼女は本当に、普通の魔法使いを名乗る、私のよく知る『霧雨魔理沙』なのか?
 いや、それが『嘘』なのだと彼女は言った。
 なら、今ここに居る彼女こそが、本当の『霧雨魔理沙』……?
「私が実家の道具屋を家出同然で出てきたのは一応知ってますよね?
自分で言うのもおかしいんですけど、実家はそれなりの名家でしたから、私もそれに相応しい様に育てられてきたんです。その結果が、今ここに居る私……。
だけど、私はこの大人しい私が好きじゃなかったんです。だから、家を出たのをキッカケに、明るい子として振舞おうとしたんです。
でも、時々度合いが解らなくて、迷惑なぐらいに迷惑をかけてしまう事もあって……。パチュリーさんやアリスさんの本も、死ぬまで借りるなんて酷い事を言ってしまって……本当に悪い事を……。それも一度始めたら引っ込みがつかなくなって……。
そんな風に、私が演じる『霧雨魔理沙』が段々、重荷になってきたんです。当然ですよね。
明るい魔理沙として、人と付き合えば付き合う程、本当の私は置き去りにされていくんですから。
それが、嘘を吐き続けた代償なんですよね。ごめんなさい、霊夢。アナタをずっと騙してきて」
「……そんな、私に謝られても……」
 どうしたらいいのか解らず、何とか捻りだせたのが、そんな言葉だった。
「ですから、私。もう嘘を吐くのを止めます。……それで、霧雨魔理沙の事は忘れてください」
 ……嫌だ。博麗霊夢は、霧雨魔理沙に消えて欲しくない。
 今まで付き合ってきた霧雨魔理沙が嘘の作り出した幻だとしても。
 本物がどんな霧雨魔理沙であろうと。消えて欲しくなんかない。
「そんな人は、居無かったんだって。……アリスさんたちに本を返したら、私は消えます。
誰とも会わないように、まるで死んでしまったかのように。ひっそり一人で暮らしていきます」
 何か、何か言わないと。
 あぁもう普段からのらりくらりと生きてきたから、こういう大事な時に言葉が浮かんでこない。
 何か言って……何を、どう言えば。『友達』の霧雨魔理沙なら……どう言うか……。
 彼女なら……自分の気持ちを、そのまま言葉に……。
「……、そ、そんなの……ダメよ! アンタの嘘なんて、今に始まった事じゃないもの。
アンタがどんな人間だろうと、そんな……居無くなるなんて……ダメに決まってるじゃない!」
「でも……」
「でもじゃない! いい!? 明日はちゃんと神社に遊びに来なさいよ!!
あんたが来ないと暇で暇でしょうがないんだからッ!」
 勢いに任せて霊夢は部屋を出た。後ろで、魔理沙が何か言いかけたようだったが、聞かないようにして……逃げた。
 永琳に挨拶もそこそこに、さっさと神社に帰った。
 結局、どうするのが一番良かったのだろうか。そんな考えが何度も浮かぶ。
 自分のよく知る魔理沙が、実は嘘だった。でも、霊夢はそんな事どうでもよかった。
 どんな魔理沙であろうと、自分の近くから居無くなってしまう。それが許せない。
 魔理沙がいかに大きな存在か……それは、重苦しいリビングで過ごした、永遠に似た一時間足らずで思い知っていたから。
 魔理沙が明るかろうが大人しかろうが、魔理沙が居無いのは嫌だ。


 次の日、霊夢は朝早くから、境内の掃除をしていた。元々掃く程の塵は無いが、それでもずっと箒を握ったまま境内に居た。
 来るだろうか。……来ないだろうか。
 昨晩、勢い任せに言った言葉を、魔理沙はどう受け取っただろうか。
 もし今日来なければ……魔理沙は忘れられるのを、本当に心の底から望んだのだろう。
「魔理沙……」
 不意に言葉が零れた。
「よ、霊夢」
「え」
 俯いた顔を上げると、空から魔理沙が降りてきた。
「どうしたんだ? 湿気た顔して」
「アンタ……」
 『自分のよく知る』魔理沙がそこに居た。
 霊夢が次の言葉を言えないでいると、照れ臭そうにあさってをむきながら魔理沙が言う。
「あー、その……何だ……昨日の事は、忘れてくれ。
この『霧雨魔理沙』で色んなヤツと付き合って……楽しくなかった事が無かったんだ。
それに気付いたら……やっぱり、一人は嫌だなって思ったんだ」
「……馬鹿ね。そんなの、当たり前の……事じゃない」
「それに、霊夢に話をしたら、何だか気が楽になったっていうか。
やっぱり皆を騙してるようなものなんだけど、霊夢だけは私の事を知ってるっていうか。
これからはなるべく、嘘が本当になるようにしたいっていうか。
そもそも嘘だと自分で思ってたのがダメだったんだな。うん。いつかコレが本当の私になるように変わる努力をしようと思うんだ。
……だからまぁ、昨日のアレは全部『嘘』なんだ。霊夢を騙すために、永琳とも共謀してさ。
ですます調で喋るのは苦労したぜ。私にお固い喋りは無理だな。ましてや相手が霊夢だぜ?
笑いを堪えるのが大変で大変で……」
「ったく、どんだけ大掛かりで意味の無い嘘よ。嘘を吐くために、嘘を吐くなんておかしな話」
「まぁ、そう言うなって。…………また、たまにあんな『嘘』をつくかもしれないけど、いいよな?」
「そうね……どうしてもっていうなら、いいわよ」


「じゃあ、どうしても、だぜ」





 と、まぁ。しおらしい・大人しい魔理沙を書いてみたわけです。
 魔理沙のゲーム中の性能は余り好きじゃないんですが、キャラとして見ると割と好きな部類です。
 っていうか、帽子とった時の魔理沙が凄く好き。主に髪型的な面で。
 そんな感じで、普段髪結んでるのを解いたり、その逆だったりとかが凄く個人的に萌えるんですが、
 これがいわゆるギャップ萌えってヤツなんでしょうかねぇ。
 そこらへんをちょっと意識してみた所、こんな魔理沙が出来上がったわけです。
 これも一種のギャップ萌え…………?
 あとがきBlog:「マボロシマリサ」