Is it a Dream, Reality, or a Vision?
夢か、現か、幻か?
夢ゲン解体
「んー……」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは悩んでいた。
門番が働かないから? 違う。
親友の喘息が酷いから? 違う。
従者が人間だから? 違う。
愛妹の気がフれているから? 違う。
なんとはなしに、昨晩から今朝(ヴァンパイアタイム適用済み)にかけての行動を振り返ってみる。
昨日は……いつものように図書館でパチェと談笑した後、うとうとしてきたので咲夜を呼んでベッドに入った。
確か、咲夜が部屋を出てから自分は寝たように思う。
今朝は今朝でいつも通り咲夜に起こされた後、朝食を摂りその席で、今度のフランの誕生日には妖怪賢者や亡霊嬢、永遠の姫に山風の神とついでに神社の巫女と万屋の魔法使い達を総動員して幻想郷全体で盛大なパーティをやるから後で部屋に便箋を用意してと咲夜に頼んで、自分は自室に戻ってきた。
で、だ。そうここまでは問題無いのだ。
パーティを手伝えという旨の手紙を、どうやって面白おかしく書いてやろうか考えて、ふとナイトテーブルの上にメモ帳と羽ペンが転がっていたのに気付いた。
ペラい紙一枚。そこには、若干歪なけれど確実に自分の筆跡だと思われる字でただ一文が書かれていた。
「……んー」
自分の筆跡だからこそ、問題だった。
身に覚えがないのだ。羽ペンを手にとった事も、メモ帳を束から破いた事も、何かしらを書いた事も。
何一つとして覚えていないのだった。
多分……ではあるが、自分には夢遊病の気は無いから、おそらく寝る直前、或いは起きた直後に寝惚けた頭でやった事なのだろうが……。
ぶっちゃけ、寝惚けただけならこんなにも気にはしない。
起きぬけに「うーうー」と咲夜にじゃれるのは何度かやって……いやあれはなかった事にしたんだっけ。
目が醒めきらないうちに食卓について思わず紅茶を零して……いやこれもなかった事にしたんだった。
まぁ、とにかく自分は寝惚けた程度で何かやらかすような吸血鬼ではない。
「しかし我が事ながら、まったく意味が解らないわ……」
が、メモ帳に書かれた一文はまったく理解し難いものだったのだ。
「お嬢様、失礼します」
考えている所に部屋のドアがノックされ、咲夜がやってきた。手には銀のトレイ。その上には先ほど指示した便箋。
「便箋をお持ちいたしましたわ」
「ん。ありがと咲夜。そこのテーブルにでも置いといて頂戴」
「かしこまりました。……お嬢様、何かお悩みですか?」
一枚の紙切れを前に頭を悩ますのを気取った咲夜が、そんな事を訊ねる。
「いや、咲夜には関係の無い事……よ……」
と、ここで初めて私は顔を上げて咲夜の顔を見た。
「……あ」
「?」
その顔と……彼女の着る服を見て、ようやく答えがすぐ傍に居た事に気がついた。
「…………あの、お嬢様。これは一体?」
「気にしないで。気にしたら負けよ」
場所は変わらず、レミリアの私室。部屋には、主とその従者のみ。
「さて、それじゃ反復横跳びをしなさい。なるべく速く」
「はぁ……では、参ります」
ふっ、はっ、ふっ、はっ、と規則正しい息をしながら咲夜が右に左に跳ねる。
彼女の頭には、普段つけているレースのヘッドドレス……ではなく、猫を模した作り物の耳をつけたカチューシャ。
それはレミリアが自身の魔力で作り出したもので、咲夜にそれをつけて反復横跳びをするよう命じたのだ。
はっ、ふっ、ふっ、ふっ、はっ、と尚も従者は反復横とびを続ける。
エプロンドレスのリボンがひらひらとまるで白い蝶のように舞う。
猫の耳に、白い蝶の羽、おまけに人型。これは何て言う名のもののけだろうか。
空を飛ぶ力を応用しているのか、或いは時間を止めてこっそり休憩でもしているのか、咲夜の呼吸は一切乱れず、汗もかかず、高速で一定のリズムを刻んでいく。
その様をあくまでも優雅に椅子に座って眺めるレミリア・スカーレット。
やがて、十分ほどした所で、レミリアからストップの声がかかった。
「御苦労さま、咲夜。下がっていいわ」
「……何だかよく解りませんけど、では失礼します」
最後まで彼女は不可解な顔のまま、主の部屋を出ていった。
「さて……」
手に持っていた例のメモから手を放し、ヒラリと宙を舞う。ソレは床に落ちる前にじわりと燃え上がり灰の一欠片も残さず消えてしまった。
テーブルの前に置かれた便箋を数えながら、構想を練る。
「協力を要請する前に本当に必要かどうか決めなきゃいけないから、先に決めるべきは当日のプログラムね」
壱、開会宣言および選手宣誓。弐、フランへの賛辞。参、フランからの罵倒(涙声)。肆、ケーキお披露目とローソク消し。伍、……。
に、しても。さっきの咲夜の醜態……もとい痴態は……。
「そんなに面白く無かったわね。次はもっと面白い事を考えなさいよ、寝惚けた私」
今はもう存在しない、灰諸共燃え尽きたメモに向かって呟いてみた。
結局アレは、おそらく寝る直前に寝惚けた頭でハッと思いついた些細な発想を落書いたもので。
それはきっとこのレミリア・スカーレットでありながら、レミリア・スカーレットではない意識が思いついた産物だったのだろうけど。
実演させてみた所、そこまで面白くなかったのは偏に、テンションの差だったりするんだろうか、と自己完結させた。
あぁ、でも。今度のパーティの余興としてやらせてみるのも悪くはないかな。
プログラム名は……あのメモと同じ一文でいいだろう。
このプログラム名を見て、何をやるんだ? と首をかしげる参加者を眺めるのも悪くない。
伍、従者による実演:『高速もののけメイド服』
このプログラムを削るのは、その翌日に改めてプログラムを見直した時。
やはりテンションの差というのは大事だ。何事もその場の勢い任せでは、かかなくていい恥までかいてしまう。
ま、この場合恥をかくのは咲夜なのだけれども。