桜殺史 ~ Wish on a Cherry Fragments


 あぁ。
 日本人が桜を好むのは、きっと遺伝子に刻まれた強迫観念なのだろう。
 そう、思わない?



   桜殺史 ~ Wish on a Cherry Fragments



「謎の桜華乱舞事件」
「なに、その安っぽい名前。どこの素人が書いた作文紛いのネット小説なの?」
 二人は大学の資料室で資料を漁っていたのだが、一時間が経過した辺りで飽きてきたので、普通にネットサーフィンをしていた。
 そして、極一般的なニュースサイトを見ていたメリーが、その見出しを読み上げたのだ。
「違うわよ。無料の小説なんて読むだけ脳に毒よ。
……そうじゃなくて、これ。京都の郊外で起きてる事件みたい」
 薄っぺらな電子画面を指さされ、蓮子が何事かと覗きこむ。
「何々……。『首都に舞う不思議な花びら!? 謎の桜華乱舞事件!
この度、京都の中心部からやや離れた○○市に先週からある異変が起きている』……」
 平坦な口調で蓮子が、画面の文字を読んでいく。
 その内容は、このようなものであった。
 『謎の桜華乱舞事件』。
 京都の中心部からやや離れた郊外に位置する、○○市で起きている異変の事である。
 その異変とは、何と町中に桜の花びらが降り注ぐというものである。
 これだけならば、掃除が大変になるだけで何の問題も無いが、重要なのはこの○○市に桜の木は一本も無いという事である。
 そもそも、桜の花が降り注いでくるような高台も存在せず、本当に何処からともなく桜の花びらが降ってくるのである。
 ○○市議会は、専門家による調査を依頼したとの事だが、解決の糸口は未だつかめていないようだ。
 以上が、ニュースの内容である。
「一応、聞くけど。これがどうかしたの?」
「ふふ……、オカルトだと思わない? 桜の木は一本も無いのに、桜の花びらが空を舞っているのよ?」
「それで、私たち『秘封倶楽部』の出番ってわけ?」
「何よ、さっきからノリ気じゃないみたい」
 メリーとしては小躍りしてこのオカルトの発見を喜びたいぐらいなのだが、相方の蓮子がさっきからどうにもローテンションだ。
 メリーと蓮子。二人のテンションの違いは、まるで水に浮く油のようだった。
「何でかしらね。最近はイマイチ調子が上がらない。……ホント、自分でも解らないけど」
 湿った溜め息が一つ。蓮子の口から吐かれた。
「自己分析は蓮子の得意技でしょう?
私なんか、ゲームのキャラみたいに『好きな食べ物』のプロフィールを埋めることさえ難しいのに」
 その溜め息には視線を向けず、メリーは忙しなく指を走らせ、件の『桜華乱舞事件』についての情報を纏めていた。
「……やっぱり、行くの?」
「勿論。……と言いたい所だけど。蓮子が嫌っていうなら止めるよ?」
 動かしていた指を止め、隣に座っている蓮子へと顔を向ける。
 蓮子の顔は一言で称するなら、”よく解らない”表情をしていた。
 メリーが蓮子のそういう顔を見るのは初めてで、蓮子自身が自分でも解らないと言っている以上、本当にそれは”よく解らない表情”というしかないのだけれど。
 それでも敢えて、言葉にするのなら……焦燥感……が一番近いのかもしれないとメリーは思う。
 何故、蓮子が焦燥に近いモノを感じているのか。それこそ、蓮子にもメリーにも解りはしない。
「いいや。行こうか。知った以上、逃げるのは癪だしね」
「決まりね。それじゃあ、チケットも手配しておきましょうか」
 再び、メリーの指が忙しなく動く。

 一つ、キーを叩くたび。
 二つ、ページを進むたび。
 三つ、データが伝達するたび。

 そのたびに、時が経過する。



「十六夜……咲夜……。天格が十四と、地格が十七。人格も十七ね」
 朧暗い図書館に、魔女の声が静かに響く。
 魔女は古めかしい木目の机の上に、開いたままの本を数冊とインクボトル、羽ペン、メモ用紙、それとメイドの右手を置いたまま、黙々と紙に何かを書き込んでいる。
 机を挟んだ魔女の向い側には、メイドが所在なさ気に座っていた。
 普段の気丈さはどこ吹く風。魔女神判を受けるような顔で、ただ目前の魔女を見つめるだけであった。
「あの、パチュリー様……。これは一体何なのでしょうか?」
「………………」
 返事は無い。魔女は紙に、メイドの名を書いた後、ひたすら数字を書き連ねていた。
「(うーん、お茶を持ってきただけなのに、何でこんな事に)」
「咲夜、動かないで……!」
「あ、すみませんっ」
 机の上で、右手の掌を広げたまま置かれている咲夜の腕。見てないようで、実はかなりの頻度でパチュリーの視線は、咲夜の手とメモ用紙を往来していた。
 それでも羽ペンの羽ばたきは止まらない。
 つらつらとメモ用紙が黒色の波で埋め尽くされていく。
 と、そこに紅魔館の主がやってきた。
「何を面白そうな事してるのかしら?」
 灰水色の髪を揺らしながら、レミリアが机の上を覗きこむ。
「…………、…………。へぇ? パチェったら、今度は姓名判断にハマってるの?」
「姓名判断、なんですか?」
「……」
 館の主あるいは親友の来訪を以ってしても、パチュリーの書き込みは止まらなかった。
 視線は咲夜の手だけではなく、開かれた本の方にも向いている。だが、その眼は咲夜の顔も、レミリアの顔も映さない。
 文字通り、夢中なようだ。
「たまにあるのよねぇ。病的なまでにハマるんだから。
―――大体、運命を操る私の前で、占い(運試し)なんて無意味だと思わない? ねぇ、咲夜」
「……それは確かに、そうですね」
 尚も咲夜の右腕は机に置かれたままだ。パチュリー的には、手相と姓名判断を組み合わせた全く新しい占いといった所なのだろうか。
「お嬢様」
 空いている左手に、銀トレイが載っていた。
「このような形で失礼します、紅茶をどうぞ」
「ま、しょうがないから許すわ」
 トレイの上から直接ティーカップをとる。次の瞬間には、銀トレイは仕舞われていた。
「……出来た」
 ようやく羽ペンのフラップが止まった。それと同時に、パチュリーが顔を上げる。
「およ、レミィ来てたの」
「割と前にね。私の前で姓名判断するからには、生半可な結果は許さないわよ?」
「……善処するわ。それじゃ、咲夜の運勢だけど……。
流石にレミィが名付けただけあって、配列は良いわね。
これから先、何があっても”足りない”という事は起きないわ」
「……それだけ? あんなに一杯、色々書いてたのに?」
「今の私がハッキリと解るのはそれだけよ。後は、あやふやで固定されていない未来だから、口にはしないわ」
 そう言ってパチュリーは黒波で埋め尽くされたメモ用紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨て、小さな火球を飛ばした。
 鉄製のゴミ箱の中で、火の弾ける音がした。
「過激ね」
「咲夜の名前が書いてあるから厳重に処分しただけよ。
……ここのメモ用紙は、魔的に物持ちの良い紙しかないから」
 要するに、魔法以外では、燃えもしなければ溶けもせず、破れもしない。そういう紙だという。
「ふぅん。でもそうね、つまらなくはないかもね。ついでだから、他の奴のも占ってみましょうよ。
……そうねぇ、まずは―――」
 レミリアが新しいメモ用紙を持ち出して、すらすらと名前を書いていく。

 一枚目には、博麗霊夢。
 二枚目には、霧雨魔理沙。
 三枚目には、八雲紫。
 四枚目には、紅美鈴。


「おはよう……、イナバ」
 玄関に向かったところで、眠気の残る声と一緒に輝夜とはち合わせた。
「おはようございます、姫。もう巳の刻ですよ。師匠に怒られても知りませんからね?」
「永琳なら解ってくれるから平気よ」
「そうですかねぇ……。あ、朝餉が台所にありますので、申し訳ありませんがご自分でお願いします。私はこれから人里まで薬を売りに行ってきますので」
「えぇ解ったわ。気を付けてね、イナバ」
「はい。では行ってまいります」
 輝夜に一礼し、鈴仙は永遠亭を後にした。さて、と一息つくと輝夜は台所へ向かう。
「あぁー……、まだちょっと頭が痛いわね」
 昨晩遅くまで、例によって例の如く、妹紅と殺死合をしていた。
 ここ最近の中でも昨晩のは特に激しく、お互いに死んだ数は十五から先は覚えていない。
「これじゃあまるで二日酔いみたい」
 余りにも死んだ数が多すぎたのと、殺し殺されの緊張感から、途轍もない疲労が溜まっていた。
 本当はもっと寝ていたかったのだが、一介の姫が昼過ぎまで堕落堕落と寝ているわけにもいかず、無理して起きてきたのだった。
「まぁ朝ごはん食べたら、治るでしょ」
 とてもじゃないが、薬師の住む家の住人の言葉とは思えない。
「今日の朝餉は~、お味噌汁と茄子の煮びたし~」
 鍋を火にかける。温まるまでの間、茶碗を戸棚から出そうと……。
「あ、っ、」
 疲労で目が眩み、指を引っ掛けた。
 戸棚から真っ逆様に落ちていく、永琳愛用の茶碗。
「!」
 瞬きの後、無事永琳の茶碗は輝夜の手中に収まっていた。
 ほっと安堵するのも束の間、また別の不安事が増えた。
「うわ、来た」
 不安は的中し、台所に一つの足音が近づいてくる。
「姫」
 台所に入ってきたのは、輝夜が予想した通り、八意永琳その人だった。
「お、おはよう。永琳」
「はい、おはようございます。……それで? 何をしたんですか?」
「あー、ごめんね。永琳のお茶碗を落としちゃって、思わず時間を」
「…………昨日はお楽しみだったみたいですからね。だからといって、疲れを残して、挙句能力の制御に失敗するようじゃ」
「それは……まぁ、疲れてたのもあったけど、咄嗟の事で。だから、ごめん永琳」
 落下する茶碗を拾うため、輝夜は永遠と須臾を操り、茶碗の落下速度を遅く―――相対的に茶碗以外の時間の流れを早め―――茶碗の落ちる先に、手を置く事が出来た。
 が、咄嗟の出来事だったという事。そして昨晩からの疲労。それらによって、その能力がおそらく幻想郷全体に暴発というカタチで及んでしまった。
 永琳が自室でカルテを書いていた所、気づいたらペンがあらぬ方向へ走っていたので、輝夜に何かしらを察してやってきたのだった。
「……はぁ、しょうがないですね。朝餉が終わったら、今日は大人しく寝ていて下さい。後で栄養剤も持っていきますので」
「ん。ありがと、永琳」



























     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *



 以上、4月馬鹿でした。その1。
 っつっても、ボツネタを未完成のままお披露目してるだけですがね!

 この後、輝夜の暴発によって魔理沙がブレーキかける事なく紅魔館に突っ込んできて、
 それが原因で姓名判断に使っていた紙が空へと舞いあがり、その中の「八雲紫」と書いた紙だけが行方不明となってしまう。
 近未来の蓮子とメリーは、桜華事件を追って京都郊外へと行き、そこで境界へと潜り込んでしまい、西行妖を見つける。
 境界のスキマからこぼれた桜の花が町に舞っていたのである。
 そして、西行妖を見つけた二人の前に、"八雲紫"が現れる。
 この八雲紫は二代目(詳しくは虹色の弑虐を)で、次代の八雲紫となるモノを探していたら、
 「八雲紫」の名を持つモノへと引き寄せられ、スキマパワーで時代を超えてやってきたと言う。
 見ると、西行妖の根本には「八雲紫」と書かれた紙が一枚落ちていた。
 とんだ無駄足だ、と憤る二代目八雲紫だったが、メリーの能力に目をつけると、彼女を神隠ししてしまう。
 その後、メリーは八雲紫の式となりやがて"現在の八雲紫"へとなり変わる。
 蓮子は……メリーを失った悲しみを抱えて、一生を終えるのであった。

 ……と、いうお話になる予定だった。
 考えの発端はメリー=紫 説だったけど、三部作の各ボスを偶然という形の元に関わらせたかったという狙いがあったり。
 途中まで書いて、余りにも蓮子に救いがないし、偶然を狙ったとは言えご都合主義が過ぎるだろう、
 と思いなおしてボツとあいなりました、とさ。