『でぃすぷれい』に二人の男の絵が映っている。
透明な硝子のすぐ裏で動く彼らは、幻想郷のスペルカードルールとはまた違ったルールの元で勝負をしていた。
見た目は普通の人間であるのだが、まるで竹林に棲む藤原の何某のようの妖術を扱っている。
『でぃすぷれい』から二人の叫び声が響く。(と霊夢は勘違いしている。実際は『すぴーかー』から)
「おぉぉ喰らいやがれぇぇぇ!!」
「楽には死ねんぞぉッ!」
少女秘闘倶楽部
「やぁ、いらっしゃい霊夢。本日一人目のお客……君は客と呼んでいいのかな?」
「こんにちは霖之助さん。あの箱は何?」
数居る常連のウチの数少なめな人間のお客様が、来店するなり聞いていた。
彼女―――博麗霊夢が指差したのは、店の軒先に置いてある箱。
「あぁ、あれは随分前に僕が拾ってきて河童に直してもらった、外の世界のモノだよ。
名前は『ネオジオ』。用途は、疑似遊戯。霊夢もやってみるかい?」
「んー。別に興味ないからいいわ」
「そうかい。君は知らないだろうけど、アレを置いてから暫くは実に多くの人妖が列を成したものさ。
アレはスペルカードルールとはまた違った方法で戦うのを擬似的に遊びとして楽しめるものでね。
その手軽さと物珍しさで皆がこぞって遊んだものさ。まぁ、最近は下火だけどね。
それでも一部の人はやり込んでくれてるみたいだ」
幻想郷に流れ着いたあたり、外の世界でもそんな感じの扱いを受けていたのだろう。と僕は予想する。
「そうね。今はだ~れも並んでないものね」
まるで蜃気楼のように、人妖(主に妖怪)の行列が僕の目蓋に浮かんで消えた。
「それで、今日は何の用かな?」
「そうそう、この前ウチで使ってるお茶碗が欠けちゃって…………」
言いながら霊夢が店内の品を色々眺めていると、本日二人目のお客がやってきた。
「よぉーっす、香霖いるかー?」
「やぁ、いらっしゃい魔理沙。本日二人目のお客だね」
「お、霊夢も来てたのか。何かお探しか?」
「ちょっとお茶碗をね。魔理沙は?」
「私も茶碗を割ったんだ。折角買い変えるなら物珍しいモノにしようかと思って来たわけだ」
「あらそう。残念だけど、私が選んだこの『よそったご飯の温もりが消えない魔法のお茶碗』は渡さないわよ」
「何だそれは。そんな茶碗じゃいつまでたっても炊きたてご飯が熱くて食べれないじゃないか。
私なら断然この『おかずが無くてもご飯が進む神秘の茶碗』だな!」
「何言ってるのよ。そんなおかずの絵が描かれてるだけの茶碗。大体、ご飯だけだと栄養偏るじゃない」
わーわーきゃーきゃー、と女二人なのに姦しい。無意識のうちに僕は溜め息をついていた。
やがて……あれも違うこれも違う、あぁでもないこうでもない。
と二人で吠え合った結果、どうやら一つの品に行きついたようだ。
「この『一杯食べただけで三杯食べた気になる不思議な茶碗』!! 私はこいつを買うぜ!」
「魔理沙! それは私が霖之助さんに貰うのよ!!」
がーがーぎゃーぎゃー、と女二人が姦しい。
「君たち、喧嘩は外でやってくれないか……」
耳に響く高音に頭を痛めながら、僕はぼやく。
「よし、霊夢! 茶碗を賭けて勝負だ!」
「望むところよ!」
「ただし……今回の勝負はアレでつける!」
そういって魔理沙が指さしたのは……軒先に置いてある『箱』だった。
「私はやった事ないんだけど?」
「勿論、私も無いぜ」
「あんたの嘘は聞き飽きたから、さっさとやり方の説明を教えなさいよ」
「ちぇ」
霊夢はあっさりと魔理沙の小賢しい戦法を見抜き、実際に擬似遊戯をプレイする魔理沙の横で見ながら解説を受けていく。
遠耳に聞いた限りじゃ至極真っ当な説明で、何かしらを隠したりはしてないようだ。
フェアプレイにするあたり結局、魔理沙も人が良いのか悪いのか……。
実の所、魔理沙は幻想郷で最もネオジオが流行った頃、二番目か三番目に強かった。
一番目は言わずもがな、八雲紫その人で、名前の通り彼女は雲の上の強さだった。
だがしかし、八雲紫はそれほど遊びに来なかったので、実質のトップ争いは魔理沙と……やり慣れているという山の神社の巫女の二人で行われていた。
そんな魔理沙に、今日初めてやるという霊夢が果たして挑むわけだが……勝負になるのだろうか?
答えは考えるまでもなく、『ならない』だろう。ただ、霊夢は天才肌だし、運も強いのでもしかしたら……という事もありえるか。
僕としては魔理沙を応援したい所かな。彼女は霊夢と違って、ちゃんとお代を払ってくれるからね。
「よし、大体解ったわ。ようするに、叩いて蹴って燃やせば勝ちなのね。
それじゃ勝負といきましょう」
「私に勝てる気でいるのか、霊夢?」
「当然でしょ。それに勝負は時の運。やってみない事には、ね」
かくして二人は『一杯食べただけで三杯食べた気になる不思議な茶碗』を賭けて、勝負をした。
「な、なんだとだぜ!?」
一戦目。なんと、ドロー。
「くっ、やるわね魔理沙」
二戦目。なんと、ドロー。
「……やれやれ」
三戦目。これも、ドロー。
「ッ、幻一草薙使いと呼ばれた私がまさか同キャラで三連続ドローだなんて!
しかも初心者の霊夢にッ!」
「私は誰を選べばいいか解んないから、魔理沙と同じのを選んだだけよ?」
これはこれは……。流石、天才肌の霊夢だ。まさか本当にそこまでやれてしまうとは。
是非とも、幻一(幻想郷一の略)八神使いの、山の巫女と戦わせてみたいもんだね。
「次で必ず勝つ!!」
「もうコツは掴んだし、魔理沙なんかイチコロよ!」
二人は、もうあと四回ほどドローを重ねた後、ついに魔理沙が勝利した……。
空は茜色に染まり、新聞記者でない鴉の鳴き声が夕暮れを告げて回っていた。
「楽しかったわ、魔理沙。たまには弾幕ごっこじゃなくて、こんなのもいいかもね」
「まぁな。そういうわけで、不思議な茶碗は頂いてくぜ」
「あーぁ私は……ま、最初の魔法の茶碗でいっか」
「霊夢、もう遅いしウチで食べてけよ」
「あらそう、じゃご相伴に預かろうかしら」
「んじゃぁな香霖。有り難く頂戴していくぜ」
「またね、霖之助さん」
やれやれ。本日のお客様は二名ぽっち。稼ぎはゼロ。本日の営業これにて終了、と。
軒先のネオジオを片付け、僕は店を閉めた。