薄暗い部屋に淡い光のラインが浮かんでいる。
ここが何処かは解らない。いまが何時かは解らない。
自分が誰かは解っている。ここが何処かは解らない。
いまが何時かは解らない。自分が何歳かは解っている。
自分が誰かは解っている。自分が何歳かは解っている。
自分がこれからどうなるのか。それも解る。
私はこれから殺される。
美しき白き碧き黒き少女 と 猛々しき紫(あかくら)き黒き赤き戦士
薄暗い部屋に淡い光のラインが浮かんでいる。
この部屋は円錐になっており、全ては部屋の中央に座している魔法陣のせいだと言える。
淡い光のラインによって描かれた魔法陣を取り囲むように柵が立てられ、その更に外側には書類の散乱する机が並べられていた。
壁面にも書類や本の詰まった書棚がぎっしりと並べられている。
そこは地下室で日の光のような自然な明るさは無い。机上にいくつか置かれたランプが辺りを照らし出している。
そのぼんやりとした明るさの中に、三人ほど女の姿が浮かんで揺れていた。
「経過はどうだ?」
女のうちの一人が訊ねる。ボサボサに伸びた青髪を首の後ろで雑に縛っており、薄汚れた白衣を身につけていた。
「前準備が今終わったところよ」
もう一人の女が受け答える。こちらもボサボサではあるものの短く切り揃えた青髪で、同じく白衣を着ている。
「……いよいよ本命」
更にもう一人の女が続けて答える。
こちらは青髪をオールバックにしてセットしているが、髪に皮脂が浮かんでいてろくに洗髪していない事が伺えた。そしてやはり白衣を着ている。
彼女らの風体は、研究者のものであるといえた。
「そうだな……そここそが術式の核であり、未知の領域だ」
「下手を打てばどんな跳ね返りがあるか解らないわよ」
恐れを露にする女たち。誰かがゴクリと喉を鳴らした。
この先に待つ『何か』。それに対する恐れは確かに共有していた。
「……だけど、私達はそこ(未知)が知りたい」
覚悟のような言葉に女たちは頷く。
恐れは共有している。同時に、目的も共通している。
女たちはただ知らぬモノを知ろうとしているだけだった。
傍からはその執念は気が狂ったかのように見えたかもしれないが、少なくとも彼女ら自身は純粋に知的好奇心を満たそうとしているだけだった。
たとえそれが禁忌の領域だったとしても。
「解析用魔力を通す。初期出力は駆動可能域の一割に設定。上限は当初の予定より下げて三割までとする」
「了解。記録用術式起動確認。召喚陣迂回路に接続。確認。問題なし」
「……計測開始。魔力値異常なし。どうぞ」
部屋の中央にて座し続けている魔法陣へと注意が集まる。
女たちの探求。その最初の関門にして、未知の領域への第一歩を踏み出そうとしていた。
「やるぞ。解析用魔力、投射」
長髪の女が魔法陣へと魔力を通す。魔法陣が機能するのに必要な魔力の僅か十分の一の量だけを予定通りに流す。
微量であれば魔法陣は起動しない。だが少量の魔力の通り道を解析する事で、彼女らにとって未知の術式であるその魔法陣の中枢が暴かれる……はずだった。
「……! 計測値増大、制限を超えている!」
「そんな馬鹿な! 上限は設定してあるし、一割しか魔力を通していないのに!」
「術式が起動している!? なによこれ、どうしてこんな!」
女たちは焦りを隠しきれない。言うなれば弱々しく回したはずの独楽が、かけた力の量を無視して全力で高速回転しだしたようなものだった。
止める手立てはない。後はもう野となれ山となれだ。女たちは諦めて、魔法陣の術式が動きを止めるのを見ているしかなかった。
「大丈夫だ、触媒は用意していない。不発で終わる……」
この魔法陣はあるモノを造り出す術式である。造り出すためにはその素材となる触媒が必要であり、いくら術式が駆動しようとも素材となる触媒が無ければ何も出来上がらない。
ゆえに不発で終わる。
淡い光で描かれていた魔法陣はその光を強め、今は激しく発光している。暗かったはずの部屋も隅々までその光に晒されている。
その光の最中、突然部屋の壁が抉り取られた。その光景はリンゴに齧りついた歯形を想起させた。
「なんだ!?」
「……あれは……多分”触媒”。周囲の物質を取り込んでいる」
「足りてない触媒を補っている? そんな事まで術式に組み込んでいるというの!?」
「解らない! 本来なら触媒は小国が傾く程度の価値ある魔石だぞ。あれらは必須ではないというのか?」
「……いずれにせよ気を付けないと、私達まで触媒にされる」
齧りつかれるのは嫌だ、と魔法陣から自然と距離をとる三人。その間も天井や壁は抉り取られていき、やがてその現象も収まると、光が一層大きく瞬き収束。終息した。
「……術式停止を確認」
魔法陣の発光が弱まり、元の淡い光へと戻る。
「やはり、か」
落ち着きを取り戻した部屋の中央。そこには先ほどまでは居無かった少女が座り込んでいた。
「…………?」
一糸纏わぬ姿の少女は、驚きに呆けたような表情のまま周囲を見渡していた。そして三人の女たちがこちらを見ているのに気付くと……。
にこり、と笑顔を作った。
「……ッ!」
三人のうちオールバックの女一人だけが、その狂気に気付き背筋に冷たいものを走らせた。だが他の二人は意に介さず、話を進める。
「さて……どうする?」
「私は処分で構わないと思います。……あぁでも、定められた触媒以外での召喚による差異は調べたいわ」
長髪の女が白衣の内側から短剣を取り出す。留め金を外し鞘から引き抜くと、鋭い刃が露になった。
「そうね、解体しながら組成に差異が無いか調べましょう。その後は屑竜の餌だ」
「了解」
短髪の女が指先に光を灯す。幾つか言葉を呟くと光は指先から紐状に飛び出し、少女を縛り上げた。
少女は自分を縛る光の紐を興味深そうに見ていたが、その表情は笑顔のまま。抜き身の短剣は既に視界に入っているだろうに……。
机を退かし、中央の魔法陣を囲う柵を乗り越え、短剣を持った女が少女へ迫る。
「我らが望みは深淵への探求のみ。過程は必要ない。悪く思うな」
へたり込んでいる少女が女の顔を見上げている。視線が右手に握る短剣から、女の瞳へと移る。
一瞬たりとも崩さない。
最後まで崩さない。
少女は笑顔を崩さない。
「動くんじゃねぇ!」
短剣が振り上げられたその時、部屋の扉が破壊音と共に室内へ破片となって怒声ごとぶちまけられた。
三人の女が扉の方へと振り向く。
大剣を両手で握った戦士が部屋へと突入してきた。
周囲の椅子や机を乱雑に蹴り飛ばしながら一直線に迫りくる。
「な、なんで紫竜がここに!?」
「女王陛下の命により、 貴様ら全員禁忌を犯した罪で死罪だ!」
男が横に薙ぐように大剣を振り回した。壁、柱、机、首。これらを一切の区別なく寸断。一瞬で二人が死に、残すは部屋の中央のみとなった。
「く、くそ! 私だけでも死んでなるものか! やっとここまで研究が進んだんだ! こんな不当に奪われてたまるか!」
短剣を握る手に力を込めると、刀身は炎に包み込まれた。そして虚空を斬るように振り抜く。刀身から散った炎が塊になり弾となって大剣の戦士へと襲い掛かった。
「がり勉の研究者風情が俺に敵うわけねぇだろうが!」
戦士の男は藪蚊でも追い払うように、左手の一払いで炎を掻き消した。
そして両手で大剣を握りなおす。
狭い室内。頭上へは振り被れない。
柱が多い。これ以上斬り倒すと部屋が崩れ落ちる可能性もある。
ではどうするか。
「禁忌を刻んだその脳髄。粉微塵となれ!」
踏み込みと同時に大剣を突き出す。
切っ先は、顔面の中央へと吸い込まれ、勢いと鋭さに耐えられずに首からもげて壁へ叩きつけられた。押し潰れた頭が弾け、壁に赤い大輪が咲く。
頭部を失った体はふらりと倒れ、血だまりを作った。
「…………」
十秒にも満たない刹那の蹂躙。大剣を二度振るっただけで三人が死んだ。
それでも。
「なんでお前は笑ってやがるんだ」
「……?」
それでも少女は笑顔を崩さない。
「てか、なんで裸なんだ……」
男は顔を背けると身にまとっていた藍色のマントを肩から外し、少女の方へと放り投げた。そっぽを向いたまま話を続ける。
「俺は『青竜族に不穏あり』との女王陛下からの命で、こいつらを探ってたんだ。禁忌を犯している可能性があるって言うんでな。
随分と巧妙に隠れてやがったが、ようやく居所を掴めたんでこうして突入してきたってわけだ……おい、なんで隠してねぇんだ!」
いい加減マントを体に巻き付けるぐらいは済んだだろう、と視線を戻したら少女は肌を隠している所か、
裸のまま立ったり歩いたり跳んでみたり、と自分の動作を確認するような所作を見せていた。
「なに破廉恥な事をしてんだ!」
痺れを切らした戦士の男が、マントを拾い上げて無理やりに少女を包むと、腕に抱え上げた。
「お前を女王陛下の御前まで連れていく。何があったかちゃんと話をしろよ」
腕の中の少女は軽く抵抗をしてみせたが、男の屈強な腕と力には勝てぬと悟ったのかやがて大人しく身を委ねた。
部屋の外は薄暗い廊下。細くて狭くてそこ以外の部屋は無いようで、出ればすぐさまに階段があるだけだった。少女を抱えた男は迷いなく階段を昇っていく。
階段の先は大広間になっていた。そのまま正面の大きな大きな扉から出る。
「……!」
少女が息を呑む。目に映る景色は深い緑に染まった山々と、突き抜けるような青空。自分が出てきた方を振り返れば、それは立派な古城だった。
「偉大なる祖が作りたもうた城の地下で禁忌の研究するなんざ、青竜族は己が祖先に恥を感じねぇのかなぁ……」
独り言のぼやきが、山の谷底へ吸い込まれるように落ちていく。
ふと視線を落とすと、腕に抱える少女と目線が合った。
「……なんだ?」
「……?」
目線は合えども、心は通じず。
お互いに何を考えているのか解らないといった様子だった。
ぐぅ、と男が小さく喉の奥で唸る。女子供の思考なんざ読めるかと、早々に諦め目線を外した。少女を抱えなおし、自由にした片腕の指先から上空へ向けて魔法の光を撃ち放つ。
光は高空で紫色に弾けた。
やがて空を切る羽音が聞こえたかと思うと、谷底から一匹の竜が駆け上ってきて、二人の目の前へ姿を現した。
男はマントで包んだ隙間から伸びる少女の白い手を掴み、男が着ている鎧についている革ベルトへ誘導する。
少女の小さな白い手の上から、ギュッと男の硬い手が握りこませる。
「おし行くぞ。落ちたら死ぬぜ、しっかり掴んでろよ」
男は竜の脚に取り付けられている縄梯子に片足をかけ、空いている腕で握りこむ。無論、もう片方の腕は少女をしっかりと抱きかかえている。
やがて竜は飛び立つ。出てきた城はあっさりと小さくなり、山は足元の遥か遠くへいってしまい、自分自身が空の一部になっているような高さだった。
竜の登場からずっと呆気にとられていた少女は、やがてその上空の最中で正気を取り戻し、高さに驚いて一暴れした。
突然に暴れたため男も油断していたのだろう。少女は一度、その身を完全に空へと放りだされた。間一髪、男が落ちていく少女の腕を掴み取ったため、なんとか元通り。
もっとも。その悶着でマントは遥か遠い眼下へと霧消し、男は裸の少女を抱きかかえる事となってしまった。
鎧の金属が素肌に触れて冷たく、やたらと身動ぎする少女に、男はやきもきする。
「お前、恥ずかしくねぇのか?」
「…………」
聞いてみるが、特に反応は返ってこない。若い少女だが、羞恥を知らぬほど幼い歳ではないように見受けられる。
しかし最初に出会った時から、いつまでも裸のまま飛んだり跳ねたりしていたし、今も素肌に直接触れて抱きかかえているというのに、それ自体には何の抵抗も無さそうに見える。
「しかし……やっぱこいつは……」
「……?」
やはり答えは無い。戦士の顔を見て、少女は小首を傾げるだけだった。
そんな空の旅も、荘厳な城の中庭へ竜が着陸する事によって、無事終える事が出来た。
装飾の施された噴水と、鮮やかに咲く数種の花が植えられた花壇に囲まれているそこは、この城内でもとびきりの美景だ。
少女は見惚れているようだが、戦士の男はまったく無視して声を荒げた。
「誰か居ないか!」
すぐさま城内から中庭へ、給仕服姿の女性が駆け付けてきた。
「ご苦労。こいつに何か着る物を用意してくれ。女王の所へ伺う用がある」
「畏まりました。少々お待ちください」
裸の少女を持ち帰った事に関して一切の説明は無かったが、女性は躊躇いなく行動にうつる。
「よし、お前も一度帰るといい。ご苦労だった、しっかり休めよ」
二人をここまで運んできた竜を労い帰還を指示する。竜はキィと鋭く鳴くと羽ばたいて空の向こうへ消えていった。
その間に少女は用意された小綺麗な服を給仕の女性に着せられており、戦士の男もようやくか、といった様子で溜め息を一つ吐いた。
「おし、いくぞ」
深く頭を下げて見送る給仕の女性を背に、二人は中庭から城内へと入る。別段急いではいないが、戦士の男の歩幅に追いつくため少女の方はやや早歩きとなっていた。
……男はそれに気付いていない。
途中、厳重に警戒している衛兵の間を抜け、いくらか歩いた所で前を歩く戦士の足が止まった。
戦士の背で前が見えない少女が、横から身を乗り出すように見ると、そこは廊下の突き当りのようで、扉が一つあるだけだった。
戦士の拳骨がその扉を乱暴にノックした。
「はい、どちら様ですか」
扉の向こうから女性の声が応じた。
「紫竜族、ジーンレヴ=ライルハリアだ。女王へお会いしたい」
「ただいま開けます」
解錠音の後、扉が開かれる。扉の開いた先に居たのは、小さな女の子だった。
闇を溶かし込んだ様な真っ黒な長い髪を一つに纏めて肩から胸元へ流している。連れてこられた方の少女はその髪の黒さに目を奪われていた。
ただ黒いだけではない。漆黒とも言える。だが決して不吉な色ではない。相反する表現になるが『眩い闇』というのが少女の素直な感想だった。
「お帰りなさいジーンレヴさん。ご無事で何よりです」
開けた扉を閉め、淡い光の灯った指先を、扉に埋め込まれている赤い石の装飾へ押し当てる。ガチリ、と音が鳴り施錠された。
それから黒髪の女の子は近くの椅子へと座った。元々そこに座っていたのだろう。
机には本が開いて置いてあった。
「まぁ俺にかかりゃ楽勝だ。だがまだ仕事は終わってねぇ。女王に報告しねぇとな」
「そうですね。女王様は今、右側の奥の部屋に居られます」
黒髪の女の子が冗談めかして一言付け加える。
「……あまり無礼のないようにお願いしますね?」
「わかってんよ」
笑って流しながら、戦士の男―――ジーンレヴが右奥へと進んでいく。
「……貴女様もお願いいたしますね?」
「…………」
会釈で少女を見送り、少女も会釈を返してジーンレヴの後を追う。
二人が通り過ぎ、一人きりになった部屋で黒髪の女の子は読んでいた本へ戻る。
が、文章は頭へ入ってこず、脳裏には少女の笑顔が浮かんでいた。
「……あの子の髪、黒色でしたね……同族、なのでしょうか……?」
あり得ないとは思いつつも、どんな理由があるのだろうかと、いくつも推測が夢想し弾ける。
結論は出ないものの、考えること自体を楽しんでいる。そんな様子だった。
一方、ジーンレヴの方はいよいよといった面持ちで扉をノックしていた。
「入れ」
中から返事があったのでドアノブを回して入る。そこは適度に装飾を施しながらも、生活感を重視したようなさっぱりとした部屋だった。
「あぁジーンレヴか。ご苦労だったな」
不遜な態度で男を迎え入れたのは、前室に居た女の子と同じような眩ささえ感じる黒髪を長く伸ばし、金細工の髪留めで纏めている女性だった。
机に向かって何かの仕事をしていたのだろう。羽ペンを置くと椅子から立ち上がり、近くの戸棚から茶器を取り出し始めた。
「まぁ座れ。今、茶を淹れる」
「女王手頭から茶を淹れて頂けるとは光栄の極み」
「フッ……」
ジーンレヴの余りの棒読みっぷりに、女王は思わず鼻で笑ってしまう。
その横で彼が来客用の席へドカッと腰を下ろす。それを確認してか少女もジーンレヴの隣の席へ座る。
やがて香り立つ湯気と共にティーカップが並べられた。
配り終えると女王も同じ席へと腰かけ、いよいよといった風に話を始める。
「さて? それじゃあ報告をお願いするよ、ジーンレヴ」
「了解だ。先月から調査していた青竜族への不審だが、やはり奴らは『召喚術』の解析を行っていやがった。主犯は三名。いずれもその場でとっちめてやった」
「そうか……。捨て去ってはくれぬか……」
女王は深い溜め息を吐き、悲痛な面持ちで温い茶を啜った。
「なんだって青竜族の奴らは、『召喚術』に拘る? あれは禁忌だ。他所の世界の人間を無理矢理連れてきて、戦争の道具にしちまうなんざ合理的ではあっても道理が無ぇ。
俺みたいな戦う者からしたら、存在する事すら許せねぇ魔法だ」
意気消沈した女王を見かねてか、ジーンレヴはやや声を荒げた。
「青竜族は元々、魔法の研究をするのが生業の一族だ。青竜族の研究の成果によって今の竜族達の文明は非常に高められたと言っても過言ではないだろう」
「魔法の研究ってんなら、藍竜族もだろ? 貢献したのは青竜族だけか?」
「あぁ。藍竜族の研究は一子相伝が基本だ。戦闘向きの魔法も多い。逆に青竜族の研究する魔法は……なんというか、『何でも有り』なんだ」
「何でも有り?」
どういう事だ、とジーンレヴは首を捻る。
「言葉通りだ。青竜族は何でも研究した。些細な灯りの魔法から、詠唱に丸一日かかる儀式魔法まで。片っ端から研究していたのだ。そして青竜族はその研究成果を秘匿しなかった。
大っぴらに公開していたわけでもないが、持って行きたければ持っていけというような態度だったそうだ」
ふぅん、とジーンレヴが唸る。
学都や魔塔の連中を始めとした魔法研究者というのは、秘密主義者が多いというのが彼の印象だ。そもそも何の為に研究するのかと言えば、自己の利益の為というのが大半の理由であろう。
それを公開する事は自分が得られる利益の減少に繋がりかねない。魔法を研究し、誰にも出来ない事が出来るようになればそれを独占したいと思うのは普通の事だろう。
だが件の青竜族はそういう事には無頓着だったらしい。決して、竜族の生活をより良くしようだとかそんな事を考えて研究していた訳でもなく。本当にただただ『研究したい』から研究していただけなのだろう。
灯りの魔法ひとつとっても、始めはただ光る球を浮かべるだけの魔法だった。それが研究によって、明るさを調整出来たり、一方向だけを強く照らしたり、そういう応用が利く様になったのは僅か百年前の事だと聞いた覚えがある。
戦士であるジーンレヴ自身、戦いの場において魔法を駆使し助かった事は幾度となくある。当たり前のように使っている魔法でも、研究の成果によって実践での実用性を獲得したのかもしれないと思うと、無碍には思えない。
だが、それでも。
「だがそれでも。青竜族にそういう実績があったとしても、だ。女王陛下のお触れによって『召喚術』に関わる一切は禁忌とされた。それを破るのならば、鉄槌が下るのが道理だ」
バシッと拳を掌に叩きつける。
筋骨隆々とした戦士を女王は心底頼もしいと、改めて思った。
「うむ。これからも頼むぞ、ジーンレヴ。…………ところで、もう茶は冷めたと思うぞ。飲まぬのか?」
女王がジーンレヴの隣の席へ座っている少女へと視線を移す。
座ってからずっと大人しく笑顔のまま固まっていた少女は、机上のお茶に手をつけていない。
それを熱いのが苦手だからだと思った女王の言葉だったのだが、少女の視線はお茶へは向かず、女王と戦士の顔を行き来した末に、自分の膝へと落ちていった。
「…………」
俯いたまま少女は……声を発した。
「■■■■■■■■?」
少女の声は二人の耳に届いた。だが意味までは理解されなかった。
同時に二人は怪訝な表情を浮かべる。
「あん? なんだ? ようやく喋ったと思ったら……なんつった?」
「ジーンレヴ。お主、この子の声を聞いたのは初めてか」
「あぁ。保護してから一言も喋らねぇんで、緊張してんのか警戒してんのか、あるいは喋れねぇのかと思ってたんだが……」
チラリと顔を上げた少女が二人の表情を見る。怪訝な顔から、"やはり通じていない"のだと悟ったようで、少女は再び俯いてしまった。
「いや……正直想定はしていたんだ。あの場に居合わせた”竜族ではない者”の存在となれば、考えられるのは一つ」
「……そうか」
二人が少女を見る視線に憐憫が混じる。
「こいつは実験に巻き込まれ、勇者として召喚されちまったんだろう」